親しき仲と礼儀

魔導具師ダリヤ

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「お帰りなさい、ヴォルフ」

”いらっしゃい”だった言葉が”お帰りなさい”になったことはヴォルフの密かな喜びのひとつだった。

そしてもうひとつ、

「頼まれていたやつと、ちょっと気になったお酒を買ってきたよ」

「ありがとう。 昨日は忙しくて買い物に行けなかったから」

食料品の買い出しという、ちょっとしたお願いをされるようになったこと。

昨夜もらったダリヤからの手紙にはヴォルフの来訪を歓迎する言葉の手紙と、来るときに買ってきて欲しいもののメモが添えられていた。

人に頼られることがあっても余り頼らないダリヤの、こんな些細なお願いがヴォルフは嬉しかった。

「ただいま」

”ただいま”と言い終わると同時に端整な顔が近づき軽くキスされる。

そんな恋人らしいやり取りに甘い気分になるのに徐々に慣れてきたダリヤだったが、未だ顔が火照るのを抑えることはできない。

ヴォルフが持つ箱には、自分がお願いした食材と調味料、そしてお酒が数本。

恋人になっても変わらず事務連絡のような手紙のやり取り。

そこに増えたのが買い物メモという恋愛レベルの低さにやや泣きたくなったが、銀蛍を付与したペーパーナイフを使う機会が増えて嬉しいというヴォルフの笑顔に後押しされて少し甘えることになった。

頼るのが少し苦手な自分の大きな進歩だとダリヤは自分で思っていた。

「昨日はイルマさんたちが来てたんだね。 足元が少しジャリジャリする、さすが土魔法付き」

「マルチェラさんが相変わらず謝りながら掃除していってくれたんだけどね。 子どもの匂いもするでしょ?」

「まあ、するけど…あのさ、俺も別に何でも匂いをかぐわけじゃないからね?」

「分かってるけど…やっぱり再会したときの『ニオイで分かった』は衝撃的で…そんなに臭うのかって本気で悩んだんだから」

「ごめん。 でも普段は男所帯にいるからさ、ダリヤの優しい匂いが記憶に残りやすかったんだよ」

そう言ってヴォルフは身をかがめ、ダリヤの首筋に顔を埋めて鼻をひくりと動かす。

香水をつけていない、ダリヤ自身とダリヤが使っている石けんの香りがヴォルフの鼻腔を満たす。

そしてずっと気になっていた違和感に気づく。

「ダリヤ、石けん変えた?」

「ローザリア様が下さったの。その…男性が使ってもおかしくない香りの石けんを聞く機会がありまして、そしたらオススメと…1ダース」

「ダース…使い切るのに時間がかかりそうだね」

「えっと…この匂い、嫌?」

「嫌じゃないけど、どうして義姉上と石けんの話になったかすごく気になる」

「そこは、察してください」

すうっと何かを悟ったかのようなダリヤの表情にヴォルフは疑問を飲み込んだとき、テーブルの上に置いたままの氷の魔石に気づいた。

同時にダリヤのいつもと違う足の運び方にも。

「ダリヤ、足を怪我した?」

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