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「…暑い」
苦しくはないものの、触れた部分から伝わる熱による暑さでダリヤは目を覚ます。
極至近距離にある王都一美男と称される男の顔。
神がとびきり機嫌のよいときに作ったに違いない美形は寝ていても美形で(少し可愛さが足された程度)、最初は息を呑んで驚きを消化したが、今ではすっかり落ち着いて対処できるようになった。
ヴォルフと寝起きすることに慣れた証拠で、恥ずかしくて、くすぐったくて。
嬉しい。
喉の渇きを覚えたダリヤは、手を伸ばしてベッド下に置いてあるクッションを探し当て、ヴォルフの重い腕を何とか上げてその場をクッションに譲る。
紅花詰草を刺繍したカバーに包まれた至高のクッションにヴォルフの腕が沈む。
「…お風呂も入ろう」
甘い時間の後始末はヴォルフがやってくれたのだが、寝汗によるべたつきと翌日の筋肉痛を解消するため風呂場に行って給湯器に。
前世の憧れ少々、ダリヤの趣味で猫足をつけたバスタブに湯が溜まっていく。
微かに濡れた風呂場の床とミントの香りにヴォルフがここを使ったのに気づいていたものの、刃を乾かすために置かれたままの剃刀に気づく。
「ヴォルフも髭、生えるのよね」
友だちの距離感ではその髭に触れることはなかったが、恋人の距離になって何度も触れたはずなのに覚えはない。
未だ未だ自分の知らないヴォルフがいるらしい。
風呂から出ると東の空が白くなっていて、夜明けが近いことに気づき、今朝は少し手の込んだ朝食を作ろう、とダリヤは台所に向かった。
夕食の片付けをする前にヴォルフの腕に絡めとられたのに、きちんと洗って片づけられた形跡に、己とヴォルフの体力差を痛感したダリヤは体力をもう少しつけることを誓った。
「卵と牛乳と…鶏肉で少し筋肉…それよりも豚肉で疲労回復かしら」
ヴォルフに買ってきてもらった分も含めて充実した冷蔵庫内を探りながら朝食のメニューを決める。
一人なら食パン1枚で済ませることも多いが、ヴォルフには内緒だがヴォルフがいる朝は気合いが入って少しだけ豪勢になる。
一人で食べるより二人で食べる方が食が進むし、それが恋人となら尚更である。
「おはよう」
イルマおすすめのハムの焼けるにおいが立ち始めてしばらく、起きてきたヴォルフがあくびを噛み殺しながら屈みこんでダリヤの頬に軽く口づける。
そしてその金の目を未だ眠気に浸しながらコーヒーに手を伸ばした。
コーヒー党の人間にとって朝の一杯は至福であり、一口飲んだヴォルフも例に漏れず崇拝する女神に会えたかのようにその金目を甘く融かした。
「そう言えば、来たとき入口にあった箱って何? 良ければ俺が上にあげようか?」
「冒険者ギルドから届いた素材なんだけど、工房の奥まで運んでもらっていい?」
ダリヤの朝食に舌鼓を打ちながら、ふと記憶にひっかかっていたことを訊ねると素材だと教えてくれた。
自分が魔剣に釣られるように、ダリヤが珍しい素材や魔導具で簡単に釣られるのを知っているヴォルフはダリヤに複雑な思いを抱く。
友だちの頃はただ共感ですんでいたけれど、恋人になると愛しい人を誑かす搦手に見えた。
自分が属する魔物討伐部隊ではない、冒険者ギルドからの貢ぎ物。
新たに手に入った素材に目を輝かし、何に使おうかと浮かれるダリヤを見るのは嬉しいが、ヴォルフの心にふわっと仄暗いもやがかかり、
「ダリヤ」
椅子から立って、テーブルに身を乗り出してダリヤの名前を呼び、自分に意識を戻したダリヤの顎に指をかけて上向かせると口づける。
驚いて反射で開いたダリヤの口の隙間からぬるりと舌を忍ばせる。
朝には少し濃すぎる口づけ。
ダリヤの腕から力が抜ける前に唇が離れ、抜け出した舌を銀糸が伝う。
「…ヴォルフ?」
「妬けた」
「妬け……って、これ素材ですよ?」
「今度”それ”にあったら即時殲滅する」
「それは”これ”とは別個体。 気の毒でしかない」
「そう思うなら、来て。 もう少し俺に構って」
「未だ朝…それに夕べも……その」
「大丈夫、味見程度にしとくし。 ほら、せっかく義姉上が石けん1ダースもくれたんだから」
「石けんは腐らないのから」
「そうかもね」
どうやらこの男は”これ”と決めたら他はどうでもよくなるらしい。
新たに知ったヴォルフの一面を喜ぶかどうかダリヤは悩む。
「そうかも、そうかも」といい加減な返事をしながら伸びてきたヴォルフの腕に、ダリヤはため息をついて捕まった。
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