『MINE』 / シティーハンター

シティーハンター

シティーハンターの二次小説で、原作終了後の獠×香(リョウ香)です。

旧タイトルは「手出し無用」で、サイト変更にともない変更しました。

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「叫喚地獄」

『Sale』『激安』と描かれたのぼり旗の先の熱気に僚は呟き、そんな僚に香は苦笑しながら悩む。日用品の買い出しのついでと思って立ち寄ってもらった女性向けの衣料品店が立ち並ぶショッピングモール。

(せっかくだったけど…僚は人混み嫌いだし)

常に周囲を探る習慣の所為で僚は不特定の人混みが嫌いだった。それを知っていてショッピングにつきあわせる気にはなれず「行こう」と香は僚の手を引いた。

「新しい服が欲しいとか騒いでなかったか?」

絵梨子さんの店もあるぜ、とフロア表示を指す僚に

「あんな高いの買えないの分かってるでしょ?また今度ゆっくり来るわ」

香は笑って車を停めた地下駐車場に向かう。そんな香の少し後ろを歩きながら僚は小さく、ほんの少し面映ゆそうに笑う。

(………70点ってとこだな)

人混み嫌いの僚を気遣っての行為だと解かるが、ややわざとらしい点を減点評価した僚は助手席におさまった香に目線だけを向けて鍵を回す手を止める。

「そういや電池は買ったのか?」
「買った……買った、わよね?」

「俺に覚えがないから聞いたんだけど」

僚の言葉に香は不安になって車から降りると、全ての袋を漁って

「……買い忘れた」

収めたはずの電池が見つからず肩を落とした。ドジ、という僚にムッとして些か乱暴に車のドアを閉めると

「ちょっと待ってて、買ってくるから」

助手席のドアを開けて財布を取る。前かがみになった香のVネックの、キレイな鎖骨の奥に僚はおっと喜色の視線を向けたが口調だけはかったるそうに

「ボキ、人一杯で疲れちゃったから一眠りしてるわ」

そう言って僚は運転席をリクライニングさせた。小さなMINIの車内が僚の大きな体で一杯になる。どこか窮屈そうなその姿に香は眉を潜め「それなら家で寝たら?」と言えば

「香チャンからのお誘いなんてめっずらし~♡」 

僚は閉じていた目の片方を開けてニヤッと笑った。

「MINIって随分頑丈なのね…痛痛痛」

恥じらいハンマー(車内用)の下から僚はなんとか這い出すと、その拍子にズボンのポケットから未開封の電池が転がり出てくる

「ま、これで洋服だの化粧品だの買ってくるだろ」

当分ここで寝てなさい、と真っ赤な顔でハンマーを落とした香を思い出してクツクツ笑った。

 「香?」 

店内を鼻息荒く歩く香に周囲の人が思わず場所を開ける中、突然名前を呼ばれた香は振り向いて、視線の先で親友の絵梨子の顔がぱあああっと光り輝いた瞬間に逃げ出したくなった。

「お願い助けて!モデルの1人が急病で来られなくなったの」

香をよく知る絵梨子は前置きなしで困った状況を告げ、人の良い香の逃げ道をふさぐ。もちろん

「出演料はこのくらいでどう?」

札束で香の頬を叩くのも忘れずに。その金額に、雑誌で見ていて諦めた洋服がいくつか脳裏に浮かんでしまった香は溜息ひとつ、観念したように頷いた。

(なあんか…ボキ、嫌な予感) 

ガチャガチャと煩い音に目を開けて音源を探れば、見覚えのある顔が僚の警戒網にひっかかる。

 (あれ…絵梨子さんのトコのスタッフ、だよなぁ)

 どんだけ勘がいいわけ、と僚はため息を吐く。デザイン狂の絵里子は親友である香のモデルの才に目をつけ、出演させる機会を虎視眈々と狙っている。まず情で引き止め、札束でとどめをさすやり方だが

(あいつ…お人好しだからなぁ) 

疑わないというか、と僚は純粋な香の無垢な気質を思い溜息を吐く。そういう僚自身も香のその性格につけこんで、昼夜問わず暇さえあれば香をベッドに連れ込んでいるのだが

 (ヤバッ…思わず香のあんなこんなを思い出しちまった)

己の素直な反応をタハハと笑うと、息を深く一回吐いて「長い昼寝になりそうだ」と呟き目を閉じた。

「すごくカッコよかったね」

僚に先に帰ってもらおうと駐車場に降りてきた香はMINIを窓からのぞきこむOL風の女性に気づいて首を傾げ、香の視線に気づいた女性たちがバツ悪そうにしつつも楽しそうに弾んだ感想に納得する

(無駄に整った顔…ギャグな顔を見れば百年の恋も一瞬で冷めるのに)

未だ冷めぬ自分みたいな例外がいる現実を軽く無視して、香は僚を観察していると妙にシリアスな表情(寝顔だが)の持ちが良いことに気づいた。

(なるほど…目を閉じてる分だけ長く持つのか)

人間は情報の8割を目から得ていると、美人は全員正義という自論を正当化する男の言葉を香は想い出す。僚が寝入ってないのは香には解かっているが、知らない人が見れば、それこそ目の情報だけで言えば端正な男の安らかな寝顔が窓ガラスの向こうにあった。

(…面白くない)

 「まあったく…何するかと思いきや」

フロントガラスの、運転席側にべっとりついた深紅の『MINE』という単語に僚は苦笑する。誰がこれを落とすんだ、なんて口では文句言っているが甘い表情がそんな文句は口だけだと証明している。

(可愛いことしちゃって)

僚はにやける顔を抑えることが出来ずククッと笑いながら車を降りて、「さあ、香チャンの居場所は?」とバンパーに挟まった紙を開いて香の端的なメッセージを読む。それは香の想定内の事態の説明だった。

「さて」

僚は体をグッと伸ばして凝り固まった体に血流を促すと、車をロックしたカギをくるっと指先に絡めて回すと、地下駐車場の出口に向かった。

「やっぱり相手役が欲しいわ…誰にしようかしら」

相手役がいるなんて聞いてない、と焦る香に構わず絵梨子はその場にいた男性モデルたちを物色する。

(僚に笑われる!)

お前が男性モデルと?女性モデルじゃなくて?、 ギャハハと僚の高笑いの幻聴が聴こえる。それが僚の嫉妬から生まれているものと知らない香は困ったように項垂れた。

 (俺って過保護だったんだなぁ)

人ごみを避けて香のところにいこうとしたとき聴こえた野郎の声。普段は男の声なんてスルーするが、話のネタが香なのだと勘付いてた耳が拾って脳に届かせる。

絵梨子のオフィスに出入りしていれば香の噂はそこかしこで聞くし、今回のようにメンズ服の撮影もある日には『有名デザイナーの親友』かつ『すこぶる美女』という箔がついている香を狙う男性モデルもいる…ことに香自身は全く気付いていない。

それについては僚もやきもきしているし(気を付けろと言ってもカラカイととられて通じない←僚の自業自得でもある)。

(槇ちゃんもかーなり頑丈な箱の中で育てたようだしなぁ)

新宿の闇の傍で暮らしていてなぜあんな風に純粋でいられるのか、心のどこかでそう願って香を聖域のごとく護る筆頭の自分に気づかず僚はため息を吐く。

女として見られることに警戒心が薄い香に僚がやきもきしていることに聡い絵梨子が気づかないはずもなく、僚にへそを曲げられたら香の出演も厳しくなると分かってもいるので香に男を近づかせないようにスタッフに厳命してはいる。

してはいるが、ある理由があるときは別。逆に香に男をけしかける様な真似をして…僚を容易くつり上げるのだった。

(全く毎度毎度…つられる俺も俺だけど)

目の前にあった姿見で自分の姿を確認した直後、ノックも無しに扉が開いて絵梨子が入ってくる。気配を読んでそこに絵梨子がいることは知っていたので僚はそれについてはなにも咎めず、違うことを聞く。

「な~んでこんなにピッタリなんでしょ?」
「デザインの神様のご褒美じゃないかしら♡」

備えあれば憂いなしね、といって背を向ける絵梨子についていくと香がいた。「僚?」と驚く香にニッと笑って両手を広げて見せる。

 「どうよ、似合ってるだろ?」
「え……っと、あ、うん」

黒いパンツに黒いTシャツ。奇をてらわないシンプルな格好だが鍛えられた体躯の僚にはよく似合う。つい素直に頷いしまったあと急いで誤魔化そうとしたが

「ほれほれ、サクサクっと終わらせるぞ」

僚に手を取られくるりと優雅にターンさせられ、ざわつく周囲を無視して光の中心に進み、香の体をカメラの方に押しだすと、自分はくるりとカメラに背を向ける。

「…謀られた」

ニヤける絵梨子をみた香は全てを悟る。鈍いだけで頭の回転はいい。ここに新しいショッピングモールができたと教えてくれたのは絵梨子だし、セール情報を教えてくれたのも絵梨子だったのだから。

「そーんな怖い顔してたら撮影終わらねえぞぉ」

そう言いながら僚は直ぐ側にある香の剥き出しの背中をすうっと撫でる。 下から上まで滑った僚の太い指に香はひっと息を飲んで僚を睨めば、「ほれほれ」と僚は笑って香を抱き寄せる。

(…ん、もう///)

サテンが肌を撫でる感触。抱き寄せる僚の腕の強さ。短い髪を揺らす僚の熱い息。思わず閨の甘い記憶が香の脳を占め、香の頬と体が少しだけ火照る。それに気づかない僚じゃなくて

「興奮してるのか?」

香をからかうように僚はイヤリングを揺らす形のよい耳元で囁く。”そんなわけないでしょっ///”と否定する真っ赤な可愛い顔を拝むつもりだったのに

「そうかも」

婀娜っぽい微笑みは僚の想定外。思考を停めた僚の脳に「うん、良い顔」と満足そうなカメラマンの声や、ほぅと感嘆する周囲の声を耳が伝える。

(…面白くない)

「悪い、ちょいと待って」と僚は香が作りだした蠱惑の雰囲気を壊して、ハッと仕事を思い出した女性スタッフを手招きして

「ちょいと貸して」

戸惑う彼女の胸ポケットから黒いサインペンを一本拝借し、フタを口でくわえて香の顎をぐっとつかむと

 キュッ……キュッキュー……キュッ

「うしっ」

周囲が唖然とするなか、遼は香の頬に大きく描いた『MINE』の文字にチュウッと音を立ててキスをした。

「落ちない!! 信じられない!!せめて水性ペンで…いやいや、そういう問題じゃないし!!」

車のルームミラーに顔を映しながらもらったメイク落としシートで文字を拭うも、浸み込んだそれは全く薄れず依然健在。頬はこすれてヒリヒリしているのに。

「いいじゃん、絵里子さん満足してたし」

これに決めたわ、と満足そうな絵梨子が選んだ4枚の写真を香は思い出して頬を染める。

1枚目は僚に悪戯書きされて唖然とする香の顔

2枚目はその所業に怒る香の顔

3枚目の写真の中の香は僚の言い訳を聞いているときで、最後の写真の中の香りは嬉しそうに微笑んでいた。

「嘘じゃないんだし」

俺のもんだろ?、と言外に告げる僚に香は頬を染めたが、全てを見透かしたようにニヤニヤ笑う僚の顔にはムッとして

「これだって嘘じゃないわよ?」

フロントガラスを指さす。そこには真っ赤な『MINE』の文字。それを確認した僚はふむと頷いて

「お互い様だな」
「そういうことね」

そういって二人は笑うと、僚は香の頬のMINEの文字を隠すようにその大きな手のひらで包んで、瞳を伏せながら顔を近づけた。

END

『MINE』 / シティーハンター

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