夏の花火、金魚、男の煩悩

魔導具師ダリヤ

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「そろそろ始まる頃かな?」

一足先に夜空を眺めていたダリヤは、屋上に現れたヴォルフに微笑む。ヴォルフの手には大きな盥と氷と水の魔石。盥を置いて水をはって氷を入れ、ズボンの裾をまくりあげたヴォルフはそこに足を浸す。

「気持ちいい。ここで黒エール、もう言うことなしだ」

「本当ですね」

ヴォルフの言葉に同意しながらダリヤは盥に入れてあった黒エールの瓶を二本とり、一本をヴォルフに渡す。

「魚の恋の成就を願って、乾杯」

「魚の恋路に立ち塞がって八本足馬に蹴られずにすんだことに、乾杯」

がツンッと勢いよく瓶をぶつけた、ちょうどそのとき、夜空がカッと光る。オルディネ王城名物、魔道士たちによる花火の始まりだ。

「あ、新作だ。この魔法は初めて見るよ」

ヴォルフがそういう様に、ダリヤの目にもふわりと拡がる炎が映る。まるであの恋をしている魚のように赤く揺れる。そして消えると思った瞬間パッと散り、地上に向けて雨のように落ちていく。

「兄上が今年の魔導師団は気合が入っていると言っていたけど、すごくキレイだ」

「はい、とても芸術的です」

「ヨナス先生の剣でも同じようにできればいいのに」

「パッと散る様に魔力を切り離さないといけませんからね。強いお酒、例えば火酒を炎に吹き付ければ…いや、これは大道芸」

夢物語でも「できるかも」と思うと機構を考え始めるのが技術者であり、そんなダリヤを好ましく思うヴォルフは隣でニコニコ笑うだけだった。

まるでびっくり箱にように新しいものを生み出すダリヤの緑の瞳が空に輝く炎の光で煌めく。開発に夢中になったダリヤの優し気な顔は無邪気で、とても楽しそうだった。あっという間にヴォルフは花火よりも隣のダリヤに夢中になった。

いつも誰かの幸せを願う女性。

パチャンッ

ダリヤの足元で水音がたつ。ダリヤには少し背の高い椅子なのか、ひらひら揺れる微風布のスカートの赤い布の合間からプラプラと揺れる白い足が見える。

ぞくりと刺激される本能。いつかの酒の席で小耳に挟んだ、決して積極的に参加したわけではない、脚派の奴らの主張にヴォルフは内心強く同意する。

ひらひら ひらひら

ぽたぽた落ちるような光の粒に淡くて照らされる赤い魚。その心を真っ赤に染める恋が己に向けたものだと思うと嬉しくて堪らない。

「花火、あとどのくらい続くのかな?」

ヴォルフのぽつりと落ちた独り言に、魔導具に現を抜かしていたダリヤはハッとして夜空を見る。いけない、自分はヴォルフに楽しい花火の想い出を作ろうと言ったではないか。

大丈夫、まだまだ花火は勢いよく上がって光る。昨年よりも長く強く輝く花火を、これが魔導師団の矜持なのだとポーションの追加購入申請書に頭を悩ます財務部長を思い出す。

「お徳用ポーションをたくさん仕入れたってジルド様が仰っていたので、まだまだ続きますよ」

だから魔物を威圧するときのように真剣な目で花火を睨むのはやめて欲しい。一瞬だけの、その儚い美しさを記憶しようとするように、ヴォルフは瞬きする間も惜しむ様に黄金の目を花火に向けている。

「大丈夫ですよ、まだまだ夜は長いので」

「うん? あー、…うん、そうだね」

夜の長さはダリヤ次第かな、というヴォルフの不穏な言葉は一際大きく夜空に咲いた赤い花に夢中のダリヤの耳には届かなかった。

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