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時を遡ること2ヶ月以上前
それは寒い地の季節が終わる頃
吹く風に花が香る夜
夜中にふと目が覚めたユーリは隣にいるはずのカイルがいないことに気づき、寝台で体を起こすと閉じそうな瞳で周りを見てカイルを見つけた。
夜明け間近の刻、窓辺に立ち紫色に染まる暁の空を見ているカイルは一枚の絵の様に美しかった。芸術的と思ったのはカイルの瞳が、何かを願うように、何かを乞うように、窓の外で煌めく明星の星を見ていたからだった。
「カイル」
不安そうな姿に心を痛めながらユーリはカイルの名を呼んだ。巷ではユーリの星と言われる明けの明星、イシュタルからカイルの目を反らしたかった。
静寂を破った小さな声にカイルはハッとし、ユーリを見て、その目でユーリが思うことを察したカイルは自嘲的に笑って寝台に向かうと、横にならずその上に座る。
「悪い、起こしたか?」
ユーリが首を横に振るとカイルはホッとした安堵の表情を見せたが、やはり未だイシュタルが気になるのか気を抜くと窓の外に意識が行ってしまう。
そんなカイルの手をユーリは取り、カイルの瞳の中で甘く微笑む自分を見つめる。
「眠れないから、眠らせて」
甘く誘うとカイルの不断は切れ長の琥珀色の瞳が驚きで見開かれ、トロリと蕩けそうなほど甘い微笑みを浮かべるとユーリの願いに優しく応えた。
カイルの手がユーリの頬に触れ、カイルの手が優しくユーリを仰向かせる。
ユーリの唇に始まりのキスが落ちる寸前
「どこにも行かせない」
不安を振り払うかのようなカイルの声がユーリの鼓膜を揺らすから、ユーリの瞳に涙の膜がはる。
「どこにも行かない…どこに行きたいと思わない」
自分を見下ろすカイルの眉間の皺を消したい、という思いで言葉を紡ぐ。このとき眉間のしわは消えたけど、カイルの不安は消えなかった。
水の季節はずっとこんな夜が続く。
『どこにも行かせない』と囁いたカイルの言葉はユーリに向けたものではなく、運命の神に向けた言葉。ユーリをカイルのもとに届けた神への宣戦布告だった。
カイルが倒れたと聞いたのはそれから数日後だった。
慌てて報告にきたハディを連れ立ってカイルの政務室に行くと、イル=バーニと彼が呼んだ典医がカイルを診ていた。医師の診断は『寝不足によるめまい等』ということだった。
イル=バーニに寝不足の原因を問われたユーリはあの夜のことを話し、納得したように頷くとユーリにひとつの粘土板を見せた。
粘土板に書かれたのは『今年もイシュタルが無事に昇った』と言う報告だった。
「陛下は不安なんですね。イシュタルはユーリ様をここに連れてきた星であり、元の世界に還す条件の1つですから」
「でも、あの服も、出現した泉ももうないのに」
「それは理屈上はそうですが…星がある限り陛下の心中は穏やかではないのでしょう。星を無くすのは不可能ですから、解決策は1つしかありません。しばらくは陛下の部屋で仕事をして下さい」
イル=バーニの鶴の一声でユーリの執務机など仕事に必要なもの一切がカイルの執務室に運ばれたのだった。
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