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彼女の話を要約すると『この人こそ』と思った男に浮気され、その浮気相手がよりにもよって店の新人だったという、この街では履いて捨てるほどよくある話。
「よくある話だけど、まさか私が…よりにもよって自分がこんな目にあうくらい、こういうのってありふれているのかしら」
「そんなよくあるトラブルを起こす、F&Aのような男に貴女は勿体ないことだけは分かるわ」
「ありがとう」
はあ、と吐くワインの薫り混じりのため息さえも色っぽい。
見目麗しくシュッと細い肢体ながら、出るとこ出た魅力的なお色気美人でも男は満足できないのかと香は呆れたが、その『理解できない男』が自分の傍にもいることを思い出し、ふとその男が言ったことを思い出す。
「男には種まき本能があってね、それって己の種を残そうという生存本能のひとつなんだって…獠が言ってたことがあるわ」
『生存本能』
これは獠と香の間にしばらく漂った問題だった。
「生存本能…だから男は『最初の男』になるたがるのかしら。それなら生まれる子どもは絶対に自分の種なわけだし」
「…最初の男?」
「知らない? 『男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる』って言われてるのよ」
彼女がキレイな爪で持つワイングラスを揺らすと、水面をうつした彼女の瞳が揺れる。ゆらゆら、ゆらゆら、それはまるで彼女の気持ちのようで。
気持ちの自己修復に入ったと判断した香は黙って隣に座っていることにした。
「彼の『最後の女』になれると思ってたんだけどなぁ」
彼女の頬を滑り落ちた涙がワインに塩味をプラスした。
「香さん、ありがとう」
ずっと黙って隣にいた香の、その手の空いたグラスに彼女は赤いワインを注ぐ。やや注ぎ方が豪快なところから照れているのだろう。その点は何も触れず、香は礼を言ってワイングラスを傾ける。
「せっかくママが用意してくれたから飲もうか」
「そうね」
笑った彼女はすでに夜の美しい蝶の艶やかさ。女の強さを映す、過去の恋をふっきれたようなその表情に香は満足して「乾杯」とグラスを掲げた。
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