特別扱い、くらりと揺れる

スキップ・ビート!

スキップ・ビート!の二次小説です。

蓮とキョーコは両想いですが、原作46巻後の「秘密の恋人?」「あれ、恋人なんだっけ?」という状態です。

原作(45~46巻)で両想いになったので、旧サイトで掲載していた作品を一部修正して移設しました(pixivでは初公開です)。

ちなみに6月15日は「生姜の日」とのことで、作中の飲み物に「ジンジャーレモン」を投稿させてみました。

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どんよりした曇り空から雨がしとしと降っていて肌寒い、そんな梅雨の時期の海は人気がない…はずなのに、今日の海辺は老若”女”女で溢れていた。

「今日の撮影は極秘だったはずなのに」

(このネット社会で”極秘”などまず無理よね)

個人のスマホが防犯カメラ並みの活躍をする時代。

まして誰かに見られてなんぼな芸能界の住人は自分から進んで情報を暴露しているのだ。

黄色い歓声の壁に囲まれるのが日常の蓮が淡々と撮影準備を進める中、そんな蓮を頬を染めてちらちら見つめるスタッフの女性陣は、周囲を囲むしかないファン(女)の妬まし気な視線に勝ち誇ったような瞳で応えている。

そんな女の闘いに入れない、周囲が入れてどうか悩むほど派手な少女がひとり。

「最上さん。 そっちに黒のアクセない?」

「えっと…無い、ようですね。 あ、敦賀さん、さっき椅子の上に置いていませんでした?」

「え?  あ、本当だ」

ありがとう、と蓮が絶叫に近い悲鳴を背景に笑顔を向ける少女・最上キョーコ。

可愛らしい顔立ちはしているものの芸能人としてやや華が足りない容姿ながら、周囲が少女を『派手』と評するのは身につけたドピンクの所為。

「あれが『伝説の』…俺、初めて見たよ」

「『アレ』を10日間に3回見ると幸せの妖精がやってくるって本当?」

周囲がひそひそ声をひそめる『伝説のアレ』、ラビミー部のユニフォームはどんよりとした空の下でも目に痛いほど明るい。

「最上さん、未だそれ着るんだ」

「社長さんからラブミー部卒業まで着用を義務付けられているので」

「卒業、ねえ」

「はい、一体いつできるのか分かりませんが…いまはとにかく頑張ろうかなって」

「そっか」

むんっと両手でガッツポーズを作るキョーコに蓮は笑い、いつも身につけていると言われている首のアクセサリーをそっと撫でる。

そんな蓮の優しい仕草に思わずキョーコはムズッときて、次の瞬間吹き付けた風をもろに顔に受けてクシャミをひとつ。

「大丈…「大丈夫ですか、京子さん?」」

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キョーコのクシャミに、蓮より早く反応したのは丁度近くにいた男性スタッフ。

「…恥ずかしいです」

「いえ、今日はかなり冷えますから。あ、これどうぞ。いま買ってきたもので、カフェオレ、好きでしたよね」

スタッフが揃いで着ているジャケットのポケットから彼が出したのは茶色と白で可愛くデザインされたカフェオレの缶。

「いいんですか?」

「ええ。 実は、ブラックと間違えて押しちゃったやつなので飲んでくれるとありがたいです」

「それじゃあ、ありがとうございます。 可愛いですね、これ」

「限定缶らしいですよ」

シンプル、もしくはクールで格好いいデザインが多いコーヒー缶と、ドレッシーでファンシーでキョーコの好みドストライクなキュート缶をどうすれば見間違えるのか。

(コレ…アレより厄介なんじゃないか?)

気にしない素振りを必死で装いながらも耳を大きくしながらキョーコと男性スタッフのやりとりを一言一句漏らさず聞き、チラリと目線を上げて男と遠くにいる己のファンの山を見比べて内心ため息を吐く。

蓮から見るとキョーコは謙虚が過ぎるほど自己評価が低い。

生い立ちなどを考えればその傾向も理解はできるのだが、仕事での評価も高く、スタッフから「礼儀正しい」「売れてきても驕らず謙虚」など一様の高評価。

さらに最近はその料理上手なことも噂になり、「お嫁さんに欲しい」という人もかなりいるのだ。

(自分に寄せる好意くらいには敏感になって、強いて言うなら警戒して欲しい)

二人が共に「大丈夫」と思うまで、二人の仲は公表しないと決めている。

その計画はいまのところ上手くいき、”ラブモン”と称される社長すら欺けている。

キョーコに全てを話した上で、利害の一致と協力体制を敷いている風よけ偽装彼女もいるから、誰一人として蓮とキョーコの仲を疑う奴はない。

なにしろ当事者の一人である蓮自身が、「あれって俺の妄想だっけ?」と例のエレベーターに乗るたびに不安になるくらい蓮とキョーコの距離感は今までと全く変わらないのだ。

「いま俺、京子さんが出る『泥中の蓮』を読んでるんですよ。志津摩様、格好いいですよね。紅葉があそこまで惚れこむのも分かるというか」

「分かります!? 一本芯が通っていて、その信念を貫く姿が本当に格好良いんです!!」

男性スタッフとキョーコのやりとりに、キョーコがフィクションとはいえ自分ではない男を「格好いい」と喜ぶ姿に、蓮の心がどろっと昏くなりかける。

(このくらい『普通今まで通り』でいることを、俺は『心強い』と思わなきゃいけないのに)

「良かったら今度食事しながら…「最上さん、そろそろ撮影始まりそうだから、荷物をお願いしてもいいかな?」

「はい。 えっと、荷物ってこのバッグぐらいですか?」

「あと、このジャケットもお願い」

防寒対策で肩からかけていたジャケットを脱ぎ、蓮のボストンバックを両手で持ったキョーコを見る。

キョーコに全く、疚しさの欠片もなくて、ジャケットをただ待ち構えるその姿に蓮はあたふたしたカッコ悪い自分に嗤ってしまい

「これ、着てて。 さっきクシャミもしたし、風邪ひいたら大変だから」

男の独占欲を、紳士的な先輩の皮で分厚く覆ってキョーコに頭からジャケットを被せてしまった。

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「さすが…絶対に寒いはずなのに微塵もそう見えない」

スマホが表示する外気温は20℃を切っているのに、Tシャツにライトブルーのジーンズを身につけた夏仕様の蓮は海の中で立っている。

曇り空と灰色の海は後で画像処理して夏仕様にするそうだが、いま見える風景はただ「蓮が寒そう」に尽きた。

見ているだけのはずなのに、ぱちゃりと蓮の足元で波が弾むとキョーコの体がぞわっとし、思わず肩からかけていた蓮のジャケットの前を寄せる。

『蓮の』といっても蓮の私物ではなく、他のスタッフも着ているものと同じもの。

それでも蓮が羽織っていたときの移り香で、蓮のいつものコロンが鼻を擽るから

(…暖かい)

いまここでジタバタしたいほど恥ずかしく、キョーコはじわじわと顔にあがってくる熱を振り払うように海に背を向けた。

 「カット!!  敦賀君、お疲れ様」 

見ているだけで寒い撮影風景だったので、撮影終了の合図に全スタッフの体から力が抜けた。

少しでも早く撤収しようとスタッフが忙しく動き回る中、キョーコも準備していたバスタオルをもって蓮の元に駆け寄る。

やはり未だ海の水は冷たかったのだろう。

安心するようにホッと息を吐いた蓮にキョーコは小さく笑った。

「バスの中は暖かいので早く乾いた服に着替えてください。着替え終わる頃に温かい飲み物を持っていきますね」

「ありがとう」

バスの中に入ればキョーコの言う通り暖かくされており、キョーコに預けていたボストンバッグをあけて蓮は手早く着替えを済ませる。

男の着替えなど直ぐに終わる。

しかしそれを知らないキョーコはもう少し後で来ると予測した蓮は適当な席に座り、社に撮影が終わった旨を伝えるメッセージをのんびりと作っていた。

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そしてメッセージを送信してすぐ、

「敦賀さん、開けても大丈夫ですか?」

「うん。 まあ、別に着替え中でも構わないよ?」

ヒール兄妹を演じていた時の風呂場でのハプニング、シャワー中で湯気がたっていたとはいえ真っ裸の自分を見ても平然としていたキョーコを思い出して少し揶揄ってみたが

「やめてください、この辺り一帯が血の海になりますから」

「……いや、そこは少し遠慮して扉全開にしないでよ」

一筋縄ではいかないか、とため息吐きつつ蓮がバスの扉を開けるのと、キョーコが短い悲鳴を上げて上体を仰け反らせるのが目に入った。

どうやらキョーコは扉のすぐ前にいて、思ったより扉が開いたことに驚いたらしい。

そう分析しながら蓮は急いで手を伸ばし、キョーコの二の腕をとって支えた。

ふわりと香るのはコーヒーの香り。

でもキョーコの手にあるのはコーヒーのカップではなく水筒だった。

「ありがとうございます。 これ持っていたから咄嗟に手すりを掴めなくて」

「いや、俺こそごめんね」

「これ、敦賀さんの分しかないので私も中に入りますね」

キョーコは姿勢を戻すと蓮と一緒にバスの中に入り、水筒を傾けてフタを兼用しているカップに注ぐ。

途端に香るのはレモンと生姜。

「ジンジャーレモン?」

「はい! 先日知り合った海外の方に教わって、今日は寒かったので作ってみたんです。炭酸で割ってジンジャエールにしてもいいそうですよ?」

「…もしかして、DWでの写真に一緒に写っていた女性?」

「あ、そうです! サラさんという方で、ひょんなことからお知り合いになりました」

(どんな”ひょん”か気になるが…しかし、”ひょん”という人は他にもいるじゃないか)

以前自分が同じ言葉を使ったときに爆笑した社を思い出した蓮だったが、キョーコが差し出したカップから香る懐かしさに思わず目を細めた。

「君からコーヒーの香りがしたから、てっきりコーヒーを持ってくるんだと」

「ああ、さっき皆さん用にコーヒーを淹れたときのニオイがうつったんですね。あ、コーヒーの方が良かったですか?」

「俺のために作ってくれたんだから、もちろんこっちをもらうよ。美味しそうだね。」

「サラさん特製レシピは美味しいだけでなく、美容や健康にも良いそうです。ジンジャーやクローブが入っていて、最近よく飲むんですけど、肌艶が良くなった気がするので敦賀さんにもおすすめです」

「うーん…俺は男だからそこまで肌艶は気にしてはいないけど」

「それでそのキレイさは羨ましいです」

「そう? 俺は最上さんの肌もきれいだと思う…」

話しながらサラリと自然に手が伸びてきて、その長い指で自分の頬を撫でた蓮にキョーコはピット固まり、そんなキョーコに蓮も語尾が小さくなって

「…ごめん」

「セクハラ、です」

「いや、つい、うっかり」

「”うっかり”!? この絶妙にスムーズな動きが”うっかり”!? どれだけ練習すれば…一体どれだけの女性を練習台にしたんですか?」

「いや、まあ…演技でいろいろ?」

「浮気の言い訳………そういえば、この世界では”演技”と言えば浮気も簡単に誤魔化せるって」

「誰? 君にそんなこと吹き込んだやつ」

あわあわ、ガクガクと自分から距離をとるキョーコ。

一歩前に出て距離を詰めるも、キョーコも一歩退くので一進一退の状態。

確かに男として意識して欲しかったが、これは良くない。

「言いつけてやるんだから」

「え、誰に?」

「誰……えっと、誰がいいでしょう。モー子さん…には内緒だし、社さん…は、なんか変な方向に騒ぎそうだし、社長は絶対ダメ」

「うん、そうだね」

「じゃあ、だるまやの女将さんたち?」

「いや、それは止めようか」

「あ、サラさん!!」

「え゛!?」

「敦賀さん、サイテーーーー!!!」

ばったーんと全開になった扉。

逃げるように去っていくキョーコの後ろ姿と、それを見送ったスタッフたちが次に自分に向けたのは『可愛い後輩に何してんだ』という非難の目。

「ああ、もう、いっそバラシてやろうかな」

項垂れた蓮はバスのドアにこつんと額をぶつけ、大きなため息を吐いた。

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