独占欲 / スキップ・ビート!

スキップ・ビート!

スキップ・ビート!の二次小説で、蓮×キョーコ(恋人)です。本作は旧サイトからの移転作ですが、6月号の蓮のセリフに対する萌えなどを加味して大幅修正したためもはや別物です。

花とゆめ6月号を立ち読みした感想は「…そう来たか」。

告白シーンは色々妄想したものの想定外…とは言い切れない、あり得るというもの(キョーコの反応等は次号)。

原作者・仲村先生のウルトラCにはやはり勝てません。

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『キスして』

甘美な毒のごとく響いた声に蓮は足を止めた。その蠱惑的な声は時差と長いフライトによる疲れに侵された蓮の体を一気に活性化させる。当人はおらず声だけだというのに、恋の化学反応は不思議で一杯だ。

蓮の目の前にある、空港内に設置されたテレビの大画面には京子こと、恋人の最上キョーコがエロ可愛いとしか表現できない表情のドアップ。蓮の隣にいる社が「可愛いねぇ」なんて言うほのぼのとした声を遥か彼方で聴きながら、蓮は呆然とその嫣然とした微笑みを眺めていた。

(キョーコちゃんはすごいなぁ)

微笑みひとつで『人気俳優・敦賀蓮』の仮面を奪ったキョーコに社はしみじみと感心していたが、それも束の間。ぶわっと隣で湧いたどす黒い、禍々しいともとれる蓮のオーラにギョッとする。

「あれ…何でしょう?」

キュラキュラと輝く似非笑顔に社の全身の毛が『危険!』と警鐘を鳴らしまくって逆立つ。何が気に障ったのかお兄さん分からない!と思いながら社が大画面を見れば京子は傍に立つ男の肩にそのしなやかな腕を乗せていて声にならない大絶叫が社の体の中で木霊する。

「いや、ラブシーンはこのさい問題ではありません」

(嘘つけ!!!!)

全く持ってそれが真実とは言っていない蓮の表情に、目は口ほどにものを言うね(テヘペロ)と社は現実逃避する。だから社は「あの表情は……ないだろう?」という蓮の言葉を聞き損ねてしまった。

「…このドラマの番宣だったんですね」

その容姿に相応しい整った長い指をスイッスイッと操作する蓮が見せた画面に社は「ああ」と納得し、あれからずっと黙り込んでいた蓮の漸く発した声に安堵した。

「恋愛もの…か」
「お前、キョーコちゃんの選んだ仕事にケチをつける気か?」

互いの仕事に口出しはしない。それが紆余曲折を経てまとまった2人の暗黙の了解ではないのかと言外に問えば、「違いますけど」とふて腐れた表情で強がりを言う蓮に思わず笑ってしまう。

「何が気に入らないんだよ?もしかしてキスシーンとか?」
「…キスに関しては理解しています」

嘘つけ、と思いはしたが頑張ってやせ我慢をする蓮への人情で黙っていた。そんな社を蓮は眼だけでチラチラッと見る。一人っ子属性め、と思いつつも結局は蓮に甘い社は話し相手を務めることにした。

「何が問題なんだよ。京子は社長の秘蔵っ子だから生々しい濡れ場はないだろし、ドラマの時間枠からだってラブシーンはキス止まりだと思うぞ?」
「…そうですね」

「(お前の直視できないラブシーンに比べれば)あんな風に”キスして”って強請るくらい可愛いじゃないか。まあ、あんな風に可愛く言われた相手役がコロリといくのは許してやれよ?お前だって簡単にコロリコロリ転がってるんだろうからさ」

相手の男には耐性が無いんだからと説教モードに入っていた社だったが、ふて腐れていたはずの普通の男がキュラキュラキュラとさっきの比ではない笑顔を浮かべるのを見てヒッと息をのんだ。

(俺、どこで地雷踏んだの!!??)

戦慄する社の耳に、ふうっと蓮の悩ましげなため息が響く。その甘美な吐息は世の女性たちならば百人千人余裕で堕ちそうな無双レベルだが、仮面の下を知っている社には地獄を巡ってきたとしか思えないほどどす黒い灼熱の風にしか感じられなかった。

「確かに俺も簡単に転がりますよ…言われればね」

蛇どころか地獄の番犬ケルベロスに睨まれた気分の社は息をのむ余裕さえも失ったが、根っからの善人である社に天の神様は味方した。背広の内ポケットに入れていたスマホが鳴り、ここは出来る男、反射のごとく瞬く間にゴム手袋を装着して取り出したスマホ画面で踊る名前に社は天使が吹くラッパの音が聞こえた気がした。

「キョーコちゃん!」

縋りつく思いで押した通話ボタン。『お疲れ様です』と漏れ聞こえた愛する恋人の声に蓮の笑顔が自然のものに変わる。助かった、と泣きたい気分をグッとこらえて

「いまは社長の車で移動中だから蓮に代わる……大丈夫、社長はいないよ。俺も片付けたい仕事があって離れるから気にせずに電話してて」

3度の飯より恋バナが好きな社長が好むネタと察した社は蓮にスマホを押しつけて、ダックスフントのように長いローリィ専用車の中を移動して可能な限り蓮から離れた。そんな社に蓮はぺこりと謝意を示し、スピーカーを耳に宛てた。

「もしもし?」
『お帰りなさい!』

”お疲れ様”だった社に対して”お帰りなさい”と言われた区別に蓮は緩む表情を務めて冷静に保ちながら「ただいま」と告げる。

「どうしたの?電話なんて珍しいね」

普段なら事前にメッセージアプリで蓮の事情を訊ねるのに、それもなく社経由でも伝えたいことがあるのかと蓮が言外に問うと

『もし迷惑じゃなかったら…今度のドラマの番宣、見て欲しいなって』
「それならさっき空港で見たよ。キョーコの笑顔に出迎えられた気がして嬉しかった」

幼少期の経験からか蓮の邪魔することをとかく嫌うキョーコが観て欲しかったという”あれ”を思いだし、本心の8割を吐露する。自分の言われたこともない台詞を甘く吐くキョーコの、それを独り占めしたかったと沸く独占欲にしっかりとフタをして。

『…キスして、ってシーンも?』
「もちろん。すごく可愛かった」

自分の言われたことのない台詞を言ってもらえた相手役に対する妬みの感情を押し殺して言えば『良かったぁ』と嬉しそうなキョーコの声。思わず握る手に力がこもりスマホがミシリッと悲鳴を上げた。

『あれカメラに向かって言ってくれってやつで……相手役もいないから敦賀さんを思い浮かべて……でもあんな台詞言ったことがないし、言われてみて敦賀さんどんな気分になったかなって』

想定外の告白と、『相手役の反応が気になったんです、ごめんなさいっ!』と真っ赤な顔でうずくまるキョーコが容易に想像できて、蓮はだらしなく緩む口元をしっかりと手で押さえた。

(本当は敦賀さんがキスしてくれるときの真似してみたんだけど…言えない)

突然キスをねだる表情を撮りたいと言われて固まった。色々今まで演じてきた役柄の仮面をかぶって撮影に臨んだが、撮り直しが2ケタになるところで撮影は延期になりキョーコは奏江に泣き付いた。蓮の真似をするというのは奏江のアドバイスだった。

後日再開された撮。カメラの前に立って、そのレンズの中に蓮を投影したあとこのことをキョーコはあまりよく覚えていなかった。覚えているのはキョーコの脳に残る蓮との記憶が作った幻が

― キョーコ……俺と ―

砂糖や蜂蜜なんかよりも甘く囁く声に全身が満たされた甘美な瞬間。愛しさと切なさがこもった瞳に映る自分の姿が簡単に想い出されて、どんな仮面をかぶってもぬぐえなかったカメラの前の照れ臭さも霧散する。

― キスしよう -

想像ですら愛おしい蓮を思い出し、唇が重ねられる数十秒前に囁かれる甘い言葉と熱く蕩ける自分の心が用意されたセリフをスタジオの風に乗せた。

「敦賀さんから合格をもらえてよかった」

(落ち着いて考えると…恥ずかしいことしてない、私!?)

CMが公開日と蓮の帰国が同日と知った瞬間から、あれを見た蓮がどう思うかしか気にならなかった。蓮から聞いていた到着時間を今か今かと待ち焦がれ、そろそろいいかと社に電話した勢いがいまは削がれ、逆に置いてきた照れくささが追い付いてきた。

『キョーコ』

それじゃあ、といって電話を切ろうとしたキョーコの手が甘く呼ぶ蓮の声で止まる。想像の中の蓮の声とは比べ物にならない威力にキョーコが砕けそうな腰を叱咤していると

「俺の手の届くところでもう一回言ってよ」

 (しまった)

クラクラと揺れる脳が勝手に言った言葉を蓮は悔やむ。何しろ相手は天然記念物並の純真さをもった大和撫子。唯一の肉親である母親に愛してもらえない幼少期の記憶から、自分から愛情を謳うことはない。

その分自分が愛を謳おうと、愛に慣れないキョーコに強請って焦らせてはいけないと蓮は自分をきつく戒めていた。

でもキョーコに言った言葉も本心。男だって好きな人から愛を告げてもらって、愛情を示してもらって安心したい。

(ここで無理とか言われたら心折れる…絶対に冷静じゃいられない)

キョーコとの恋愛ごとに関しては打たれ弱い点を知っている蓮は「そろそろ時間だから」と逃げた。今までの演技力を総動員して忙しさを演じれば、まじめなキョーコが取る行動はただ一つだと分かっていたから。

『あ……はい、また』

ホッとしているとも取れない声音に一人勝手に傷つきながら蓮はスマホの通話ボタンを押し、格好悪いと分かっていても項垂れる。さっき空港でみた京子の、恋する人に愛を乞う美しい女の表情が蓮の頭に浮かぶ。

(俺以外に愛を乞う姿なんて見たくない…例え俺を思い浮かべていても、イヤなものはイヤなんだ)

自分の情けなさに自己嫌悪に陥っているとスマホの振動を感じる。手の中の社のスマホは微動していないし、震源地は自分のジャケットの内ポケット。社長からのイジリだったら嫌だな、と恋愛に関わると恐ろしい勘を発揮する御仁を思い浮かべながら画面をロクに見もせずスマホを操作すれば起動したアプリが表示したのはキョーコからのメッセージ。

― 夕ご飯を作りに行ってもいいですか? ―

「…都合よく解釈してもいいやつだよな?」

誰かに相談できる話でもないけれど、蓮としては誰かに是と言ってもらいたい心境だった。何せ相手は蓮の想定をななめ上にいくキョーコ。過去の経験と言葉を素直に読み取れば蓮の食生活を心配した上での提案だが

「さっきのセリフに対する答えだと思っていい……のか?」

神様に答えを求めるように天を仰いだ蓮の口元は嬉しそうに緩んでいた。

END

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