〇〇〇の二次小説です。
映画『打ち上げ花火 上から見るか 下から見るか』で使われたDAOKO×米津玄師の♪ 打ち上げ花火 ♪を聴いて浮かびました。
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「あれ?」
隣を歩く社さんが声を上げる数秒前、視線の先でピンッと伸びた背筋が印象的な最上さんの背中を見つけた。
「キョーコちゃんだ」
声を上げる前にさらに縮まっていた距離。非常識にならない距離にきて「おーい」と屈託なく手を振る社さんに、それが俺にはできないから、感謝しつつもややイラッとするも
「敦賀さん、社さん、こんにちは」
にっこり笑ってキレイにお辞儀をする彼女を見てイラつきは霧散する。決して俺の名前が社さんより先に呼ばれたわけではない、決して。
「こんなところで立ち止まってどうしたの?」
社さんがかけたのは何気ない言葉、だけどそれに異常な反応をしたのは最上さんの方。何とも素直なこの子は『挙動不審』を絵に描いたような反応をする。
出会ってばっかりの俺なら「芸能人なんだから腹芸の一つや二つ」と言ったかもしれないが、今の俺はこの子に腹芸なんて見せてもらいたくないから黙ってしまう。
それに…挙動不審の原因はどうやら“俺”のよう。
「何でもありません!! そう、この記事を読んでいまして!!」
明らかに取ってつけたような理由だけど…指さした先を絶対に見ていないだろう、この子は。天然記念物並みの純情少女が男に『貧乳克服!』とでかでか銘打った記事を見せるなんて天地がひっくり返ってもない。
視線だけちらりと社さんを見れば無我の境地のような顔。うん、反応に困るよな…
「へえ、秋の野菜って煮物にすると美味しいんだ」
彼女の顔が動く前に俺は少し体の位置をずらし、一緒にずれた彼女の体から伸びた手が隣の記事を指し示すようにコントロールする。「スマート過ぎてこわっ」と社さんが慄く声がしたが、3人の精神安定のために必要な措置だったから無視することにした。
「そうなんです! あ、良ければ今度作ってお弁当に入れましょうか?あ、でも筑前煮ならばだるまやの大将が作った方が絶対に…」
「ぜひ最上さんにお願いしたいな。この記事によると野菜は肌の調子がよくなるらしいしね」
確かに大将の料理は美味かったが、俺からしたら最上さんの料理の方が何万倍も美味しい、比べるまでもない。父さんが母さんの<あの料理>を美味いと賛美し完食する理由も分かってしまう。
それでも…最上さんが料理上手で良かったと心底思うのだから俺は未だ父さんのあの領域には達せていないのだろう。
「俺、久しぶりに掲示板をまじまじと見てるけど、結構いろいろな情報を貼っているんだなぁ。前はオーディション情報とか、大御所の出るドラマとかの紹介だけだったけど」
社さんの感心と興味の混じった言葉に俺も視線を掲示板にざっと走らせて、最上さんの体の陰で見えずらかったけれど
(最上さんが見ていた記事って絶対にこれだよな)
地元のフリーペーパーを貼ったのか、素人臭い出来栄えの記事には花火のこと。今年は諸事情から社会的にイベント自粛中だけど、有志が集まって花火を打ち上げるらしい。
「最上さん、これ…」
『見たいの?』と言いかけて口を紡ぐ。声に出せば彼女はあっけらかんと否定するだろう。聡明なこの子のこと、『見たい』と言っても『じゃあ見に行こう』となるわけがないこと、かえって俺たちを困らせるようなわがままを言うはずがない。興味なんて微塵もないと、見事に演じ切るだろう。
「最上君、このあと時間あるかい?」
仕事終わりを椹さんに報告すると、一緒にいた松島さんにラブミー部の仕事を頼まれた。急ぎということで撮影用に着ていた浴衣のままタクシーに乗ったけど、旅館での仲居経験から浴衣姿も苦ではない。
行き先を告げたら特にやることもなくなり、車窓から歩道を見ていたら鮮やかな花模様の浴衣が目に入った。そして今日が<あの>打ち上げ花火の日だと気づく。
ほんの気まぐれの、時間つぶしで見ていた掲示板。美容に良い料理や流行りのメイクなどいろいろな情報がそこかしこに貼ってい或る中、それはひっそりと、煌びやかなプロの記事の間に埋もれた、垢ぬけない手書きの文字が目をひいた。その内容にも。
別に花火が特別好きなわけではない。
京都でも花火大会があったけれど、それは同時に旅館の繁忙期でもあり小さなころは女将さんたちを困らせないように進んで留守番し、少し役に立つようになれば手伝いに駆り出された。祭りも同様、基本的にイベントにはほとんど御縁がない。
でも今回は大規模なイベントではない。
疫病を祓うための儀式のように打ち上げられる花火。時間も短い、打ち上げ場所も分からない、見られればきっと奇跡のようなもの。
「キョーコちゃん、おーい」
街から離れた撮影地は思いの外暗く、黄色い街灯の下に停まったタクシーから降りたキョーコちゃんを見てコクリと息をのむ。
<急ぎ>と願ったからもしかして…と思ったけれど、俺の予想以上に浴衣姿のキョーコちゃんはキレイだった。忍びの紅葉の浴衣は絵柄もなく地味な部類だが、すっと背筋を伸ばしキレイな裾さばきで歩く姿は美しいの一言。化ける才能と周囲の鄙びた雰囲気も相まって妖の類化と思ったら
「あ、社さん」
俺を気づいたキョーコちゃんがにっこり笑ったと思ったら、スタスタスタッと早足で歩み寄って俺に茶封筒を差し出す。子飼いの忍びから連絡を受ける殿様のような気分になってしまった。
「タクシーを待たせてしまっているので」
そういって帰ろうとするキョーコちゃんを慌てて留める。蓮の仕事もちょうどよく終わる頃、このまま仕事を手伝ってくれたラブミー部で後輩のキョーコちゃんが蓮の車に乗っても不自然ではない。
経費削減という理由もあるし、今日の撮影は蓮一人なので噂を好む雀も少ない。それに
「社さん、撮影終わりましたよ」
蓮が我慢できるわけがない。あの日偶然掲示板の前であって以来、LMEや撮影現場でちらりとキョーコちゃんを見ることさえ叶わなかったのだから。表面上はいつも通りだけど、少しだけ苛ついていたことが俺には分かった。
「あ、最上さん。君が届けてくれたんだ」
それでも年上の男として余裕を見せたいのだろう。キョーコちゃんが来ることも事前に連絡を受けて知っていたくせに、白々しさの欠片も見せず思いがけない嬉しさを演じている。
キョーコちゃんが絡むようになって以来、ずいぶんと年相応の姿を見せてくれるようになった。
ヒュッ
市街地に戻るタクシーのテールランプが消える瞬間、空気が甲高い音で震えた。反射的に音のする方を見た瞬間に
パッ
真上で、目の前で、火の花が鮮やかに咲いた。その迫力に思わず息をするのを忘れてしまった。
「間に合ってよかった」
隣に立った敦賀さんに疑問の眼を向ければ、今回の撮影で火薬を使うことがあって、その専門家が花火師で、<あの>打ち上げ花火のイベントに参加していること。
「こんな街の外れでですか?」
「誰に見られることもなくても、自分だけが咲いているのを知っていればいい花もあるんだよ…男にはね」
そうやってにっこり笑う敦賀さんだったけど、その目の中にちょうど咲いた青色の花火が映った瞬間だったから知らない人に見えてしまった。
夏の終わり、秋の空気が混じる夜空に花が咲く。
一人の花火師が弟子たちと上げる花火だから、大規模イベントのように一つ一つの大きさも、連発されて心震えるような華美さはない。でも、ポン、ポンッと適度な間をあけて上がる花火の方が好きだと思った。
<好き>は隣に立つ最上さんが大きく影響しているのは間違いない。
「きっれー……い」
俺の視線の先には最上さんの、金色にさく花を瞳にうつす最上さんの嬉しそうな顔があって、その笑顔が和らいだ瞬間に最上さんの紅をさした唇の隙間から感嘆の吐息が漏れる。
10代の年下の女の子と思っていたのに、その予想外の破壊力にピンっと張り詰めた理性の紙縒りを根性で緩める。そんな俺の努力など知らず、無垢な彼女は陶酔感で赤く染まる頬に両手を添える仕草で俺の紙縒りを刺激する。
あー、なんて幸せな地獄だろう。
蓮のやつ、絶対に俺のことを忘れてる
気を利かせて二人からそっと離れたが、夜空を見る二人は全然気づかなかった。普段の蓮は人の気配に聡いけど、花火に時折照らされる恋する女の子を見るのに忙しいようだった。
パンッ
火の花がパッと咲き、同じくらいパッと散り、訪れた静寂にひたる。次の花火をまつワクワク感は子どもの頃から変わらない。
そしてそんな子どもの頃を、静かに花火に見入るキョーコちゃんは知らない。詳しいことは知らないけれど、キョーコちゃんが他人に過度に期待しないのは気づいている。
俺はもっとキョーコちゃんにどん欲になってほしい。
おそらく蓮との恋愛はキョーコちゃんの方に負担が多いから。どんな障害にぶちあたっても持ち前のど根性で簡単に諦めることはないだろうけれど、どうしても超えられない壁にぶち当たった時は蓮に、俺に助けを求めて欲しい。
どうか
どうか
『先輩と後輩』『共演者』なんて理屈をつけずに、二人が堂々と隣に立てる日が来ますように。
もう少しだけ
ほんの少しだけ
俺もカンパした打ち上げ花火の代金が、この幸福を一瞬でも長くしてくれることを祈った。
END
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