シティーハンターの二次小説で、原作終了後の獠×香(リョウ香)です。
YOASOBIの「群青」を聴いて思いつきました。
スポンサードリンク
「普通はさ、夜にだと思うんだよなぁ」
「同意見、普通は『夜襲』よね」
頷きながらも香は体を起こし、足元に乱雑に散らばる衣類たちから自分のものを見つけ出して身に着ける。
最後に白いTシャツをかぶった後、自分の細い腕が袖から外に出る代わりに、裾からTシャツの中に入り込んできた獠の浅黒い太い腕に香は眉間にしわを寄せ
「この非常事態に何をしてるんだ」
手癖の悪い獠は悪戯をするくせに、未だ黒を基調としたベッドから出る気配はない。無遠慮に肌を這う男の指を反対側に折りながらシャツの中からたたき出し、起床を急かすために香は召喚した小さなハンマーを器用に投げた。
獠はわざと避けずにハンマーを受け入れて、「痛い」「つれない」とブツブツ言いながらのそりと体を起こす。のっそりとした動きは緩慢だが、その引き締まった体躯に朝陽がキラリと爆ぜた。
「朝っぱらから気配も殺せない二流の相手をするなんてなぁ」
遠慮なく大きな欠伸をする。降り注ぐ朝の気配も手伝って、獠の体から朝独特の気怠さが抜けていく。
「未だ時間がありそうだからコーヒー淹れるわね」
「…おまぁもすっかり慣れてきたよな」
己らを狙う殺気がビシバシと肌をさす中、平然とそんな提案をする香に獠は呆れながら笑う。先天性のものか後発的なものかはわからないが、裏の世界に馴染みつつも決して黒に染まらない香は獠の眼に少し眩しかった。
平然としながらも身にまとう緊張の鎧。気負わないように、それでも油断のない香の緊張感は獠にとって心地の良いもの。
「こんな朝も悪くない」
コーヒーを淹れようと思ったが、鼻歌を歌いながら身支度を整える獠を香はしばらく観察することにした。
いつも通りの服を着た後に身に着けるガンホルスター。日本では違法になるそれだったが、香にとっては新宿の街を歩くビジネスマンたちのネクタイと何ら変わりもなかった。
― 毎日毎日何も変わり映えがなくてあくびが出る ―
新宿の街を思い出したときに香の頭に浮かんだ台詞。知らない男性の声、どこかで拾ってきた独り言のようだった。
「ねえ、<つまらない>ってどんなとき?」
「俺の聖地に美女が来ないとき」
「そういうとき退屈?」
「全然。美女が来るように祈るのにボキちょー忙しい」
(本能で生きるこの男は退屈とは無縁らしい)
好きなものが好き。
至極単純明快だけど、それを隠さず大っぴらにするのは意外と難しくて勇気がいる。内容は置いておいても
「獠の世界は獠の色なのね」
自分で選んだ色に世界を染める獠を香は少し羨ましく思った。
(何を言っているのだ、この女は)
香の淹れるコーヒーの香りを堪能しながら、開けた窓の窓枠に体重を預けた獠はタバコの煙を吹き出す。遮っていたガラスを除けば外の殺気が一様に増すが、それを感じているはずの香は“どこ吹く風”で丁寧にフィルターに熱湯を注いでいる。
「…いい天気だな」
獠の記憶に残る空は曇天または雨天だから、こんな朝独特の透けた青空は少し眩しかった。秋が近くなって高く感じる空に、目前の用事が済んだら香と共に掲示板を見に行ってもよいという気分にさえなった。
「きれいな青空よね。私、こういう青が好きよ」
「俺はもっと深い…うん、群青色が好きだな」
珍しく素直に<好き>を教える獠に、興味深く香はその理由を尋ねたが獠は答えなかった。それについては香も予想ができていたようで、特に粘るわけでもなく手元の作業に戻ったが。
「分かった、兄貴の制服の色だからだ!」
「なあんで俺が槇ちゃんの仕事着の色を?冴子の府警姿ってなら…ムフフッ」
カコーン
勢いよく飛んできたミニハンマーで曲げられた首を治しながら内心でため息をつく。獠にとって群青色は香との想い出のそこかしこにある色だからだった。
それは夜に染まる直前の空の色
それは夜が明ける直前の空の色
群青色は『生き残ること』を決意する色であり、『生き残ったこと』を喜ぶ色だった。生に対する執着がなかった獠だからこそ、香と共に染まった群青色は獠の心にしみる色だった。
「…こんな空の下のドンパチは無粋だぜ、全く」
おそらくはリーダーと思わしき男のいる方向を獠は睨むと、口内にためていた紫煙を思いきり吹き出した。
「さて、行きますか」
襲撃されたら修理費がかさむと判断した2人。空になった2つのコーヒーカップを流しに置こうとした香の手が滑り、ガコンッと大き目の音がする。香は緊張で震える指を抑えて落ち着こうと努めた。
痛いのは嫌
死ぬのはもっと嫌
自分で決めた仕事だって怖いものは怖い。そうした緊張は決して悪いことではなく、獠も何も言わず香の頭に手を置いてそのクセのある髪を優しくなでるだけだった。
そんな獠に香の心はほわんっと温かくもなったが
「何をしているの?」
涼しくなった胸元を見下げれば、襟から中に入り込もうかというほどに自分のシャツの中に顔を突っ込んだ獠がいて
「このお気に入りの群青色にエールを送ろうかと」
「新人か?」とか「いつの間にこんなお宝が香のタンスに?」とか、ブツブツ呟く獠に香はふうっと短く息を吐いて
「キュンを返せ、この変態が!!」
『力いっぱい振り回す1tハンマーから逃げ回る方がよほど疲れた』というのが同日朝にモーニングを食べに来た包帯男の言葉だった。
END
コメント