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(そろそろ『カット』と言うべきなんだけど…)
蓮だってこの先の展開は予想ができた。
満タンになった羞恥心で役がひゅぽっと抜けて、真っ赤な顔したキョーコがあわあわと蓮から離れ『そんなつもりは全くありません』と全身全霊で示すのだ。
まあ、恋仲なので多少の味見くらいは赦されるかもしれないが、その場合は羞恥が振り切って逃げたキョーコに数日会えない覚悟も必要。
素晴らしきかな、学習能力。
(うん、ここで止めよう) 「キョー…」
紙縒りの理性がねじ切れる前に、現実に戻らせるためにキョーコの名前を呼ぼうとした蓮の口をキョーコの手が覆う。
キョーコの突然の行動に驚く蓮が目を見開くと、キョーコは赤くした顔で蓮を見上げて
『今夜は離さないで』
「今日は据え膳覚悟できました」
業界関係者は奇人変人が多く、脚本家だってそれに分類されるものも多いが
「そんな台詞を言うのは君くらいだよ…喜んで食べるけど、いいの?」
「…お腹いっぱいのくせに」
キョーコの言葉に蓮は合点がいく。
今日の映画の撮影は、いわゆる男女のそういうシーンで、蓮が帰宅早々シャワーを浴びたのも微かに香る女物の香水が気になったからだった。
「知ってたんだ」
「お相手の方のSNSに、まあそれを匂わせる件がありまして」
「当り前だけど、触れる程度だよ?」
「いつも小鳥のエサ並しか食べないくせに」
「これからは三食きっちり食べる。それに、仕事の分はノーカウントだから……だから、俺はずっと餓えてる」
蓮の言葉にキョーコはひゅっと息をのむ。
男女のことについては斜め上の方向に考えがちなキョーコでも分かる、逃げ場がない直球の蓮の言葉。
「逃げるなら今のうちだよ」
「…逃がしてくれるんですか?」
「うーん、追いかけて、追い詰めて、絶対に手に入れる」
「…デジャビュ」
顔を上げたキョーコの顔は真っ赤で、あまりの可愛さに蓮の口元が緩みそうになったが首に回る細い腕で表情が固まる。
視界の端でひらひらと、男の狩猟本能を刺激するリボンが揺れる。
「行こう」
蓮のとろりと甘い音に耳朶を叩かれると同時に、キョーコの体がふわりと浮いた。
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