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キョーコはずっと不安だった。
夢に向かって我武者羅に走り、気づけば「女の子」と言われる時代が終わっていた。
少女時代に憧れた「大人」になったはずなのに、それは生まれてからの歳月を重ねただけで、キョーコ自身は特に変わらない。
彼氏と彼女ではなかったが、蓮とは付かず離れずの距離にいた。
安心できて心地よかった距離感が、紆余曲折を経て『恋人』になった途端に落ち着かなくなった。
一方でキョーコから見る蓮は何も変わらなかった。
自分は心臓が飛び出そうなほどドキドキしてるのに!
触れられると顔がドカンと爆発しそうなんです!!
何でいつも「普通」にできるんですか!!!
と蓮に言えれば良かったのだが、キョーコにとってそれは”はしたない”ことであり、結局相談相手として白羽の矢が立ったのは親友の琴南奏江だった。
ー 経験値の差でしょ ー
キョーコは相談相手を間違えた。
まあ、奏江も蓮とキョーコのド甘い両片思いの雰囲気に一番あてられた被害者なのでここは責められない。
キョーコの脅威な行動力を奏江は侮った。
もちろん「経験値がないなら積めばいい」と浅慮なタイプではないので、経験値皆無を指摘したからといってキョーコが思い切った行動に出ることはなかった。
キョーコは経験値ゼロ、もしくは限りなく低い蓮から慣れる練習をすることにした。
幸い同じLME所属、資料室に行けば蓮のデビューから今までの作品がごまんとある。
キョーコが19歳の蓮の映画を見た経緯はこれなのだが、結局それも無駄になり、デビュー当時から色気駄々流しの蓮に「さすが夜の帝王」と感服するだけだった。
「…キョーコ?」
覆いかぶさる蓮の色気。
飽和量をとうに超えた糖分過多の声。
頬をするりと撫でる手は安心感を与え、それが首に降りれば心臓がどきどき踊らされ、胸の鎖骨の上をそっと撫でられれば息を止められる。
「あ、あ…あ、遊び、にぃぃぃぃんんん!!」
「はああ!?」
エグエグと泣き出したキョーコに蓮は目を剥く。
しばし考えることを放棄した脳だが、機能し始めると耳が拾った「遊び人」「夜の帝王」「女たらし」など責める言葉を理解する。
「…要するに、俺が余裕なのが気に入らない、と」
「気に入らないんじゃなくて、悔しいんですぅぅぅ」
別に勝負じゃないのに、と蓮は思わず笑う。
さっきまでの湿度高めの艶っぽい雰囲気など欠片もなくなった。
またゼロからリスタート、まるで賽の河原のよう。
「敦賀さんは、慣れ過ぎています!」
「慣れ過ぎって……そんなことは」
見てくれは極上なので彼女はいた、正直に言えば1人1人の交際期間が短いので彼女の数は…キョーコには教えられないほどいた。
しかしここで黙り込むのは愚策。
何人か聞かれたら答えても良いが(一生懸命誤魔化して未然に防ぐが)、何人か聞かれていないのだから「人並みに」で済ませてしまえばいい。
奏江あたりに知られたらナメクジでも見る目で責められそうなことを考えつつ、並行して必死に砦の奥に逃げ込みそうな姫君の退路を塞ぐ。
(あーーーー…いい年齢して何やってんだろ……もう、可笑し…っ)
次の瞬間、蓮の爆笑が寝室に響き、もしかしたら残っていたかもしれないいいムードさえも吹き飛ばした。
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