押しの一手と逃げ足

魔導具師ダリヤ

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「ヴォルフ、突然呼び出してすまないね。魔物討伐部隊でいま騒がれているお前とダリヤ先生についての話を確認しておきたくてね。早速だが、ダリヤ先生に”無体”をしいたのかい?」

「しいていません。ただダリヤに避けられているような気がしているのは本当です」

憮然としつつも、どこか解決策を求めて自分を見るヴォルフに、グイードは昔を思い出して小さく笑った。昔はよく悪戯をしては何かを壊したり汚したり、そのたび母に怒られないように自分に知恵を借りに来た可愛い弟と何も変わらない。

「うん、それについてはヨナスから聞いている。結論を言えば、『避けられている気がする』ではなくダリヤ先生はお前と二人きりになるのを避けているそうだね」

「やはりそうですか」

「何かした記憶にあるかい?」

「記憶や心当たりがあれば全力で謝っています」

「…緑の塔食堂のご飯が食べられないのがそんなに辛いのかい」

あまりの消沈ぶりにグイードは苦笑いをして横に控えていたヨナスを見上げ、ヨナスはグイードの兄馬鹿に呆れたため息を吐いてバトンを受け取った。

「ダリヤ先生がお前を避け始めたキッカケは妖精結晶じゃないかと思う。うちの魔導具師に聞いたところ妖精結晶を付与すると悪夢を見るようだな、それは知っていたか?」

「はい。 以前俺の眼鏡を作ってくれたときも悪夢を見たと言っていましたから」

「どのような悪夢か聞いても?」

「妖精の最期を見たのだと言っていました」

ヴォルフの答えにヨナスはしばし考え込む仕草をし、

「今回は違ったのかもしれないな。 あのときのダリヤ先生の様子を思うと”予想外のもの”を見た感じだった。一緒に付与していた魔導具師もダリヤ先生は悪夢を見るのは仕方がないと言った感じで受け入れていた印象を受けたと言っている」

「悪夢…私たち家族のためにダリヤ先生はそんな無理を……深く感謝しないといけないね。それは後で妻と考えるとして、とりあえずはダリヤ先生が”何を”見たかだ。妖精結晶が見せる悪夢はどんなものが多いのかな」

「家族や恋人など大切な人との”別れ”が多いそうだ。その多くは死に係るものだと」

ヨナスの言葉に、ヴォルフは以前見たダリヤの泣き顔を思い出す。そしてその原因も。

「死…ダリヤは父親の死を見たのでしょうか」

「それではヴォルフを避ける理由にはならんだろう。一番妥当なのは”好きな人の死”もしくは”好きな人との別れ”を見たということころだろう」

「好きな人ができたならお前と二人きりで会おうとしないのも理解できるね。いくら仲の良い”友人”とはいえ、好きな人にあらぬ誤解をされたくはないだろう」

「…好きな、人? ダリヤに?」

”考えてもいなかった”という風情のヴォルフに対し、グイードは可愛さとじれったさを感じた。後にヨナスはこのときのことを、「その胸倉掴んで揺さぶってやりたかった」と語った。

「別に不思議なことではないだろう。ダリヤ先生は妙齢の女性だし、とても可愛らしい。社会的に成功していて、その後ろ盾の大きさを思えば侯爵家が嫁にと申し出ても不思議じゃないよ」

「しかし、ダリヤは色恋沙汰はもうこりごりだと」

「”それ”がお前とダリヤ先生の共通認識で、友だちとなった由来なんだね。しかし、時がたてば思いは変わるものだし、何よりダリヤ先生はそのときよりも腕が伸びて人脈も拡がった。それこそ”好きな人”を見つけてもおかしくないほど」

「ヴォルフ、ダリヤ先生が色恋沙汰に見切りをつけたのはたかが一人の男の浮気だろう。彼女も大人だ、全ての男がそうだとは思っていないだろう。さらに失礼ながらダリヤ先生は御父上を亡くして天涯孤独の身、独りは寂しいと思うことは自然なことだ」

ヴォルフの頭の中に、いつかダリヤが独り死ぬ夢を見るのが怖いと泣きそうな顔で言っていた姿が浮かぶ。あのとき自分は夢に出て助けると言ったが、それより確実にその夢から守る方法がある。

ダリヤと共に眠り、怖い言って震える夜は彼女を抱きしめてあげればいいのだ。

「…っ」

ヴォルフの頭の中に、ダリヤの華奢な体を抱き寄せて、ダリヤの紅花詰草色の髪に顔を埋める男が浮かぶ。ぞわりと全身の毛が逆立ち、血液が逆流するような殺意がヴォルフの脳を蝕み、

「俺、緑の塔に行ってきます。護衛をお借りしても良いですか?」

「もちろんだよ」

溺愛する弟の成長を目の前でみたグイードは満足そうに微笑み、足早に去っていくヴォルフの足音が聞こえなくなると

「手のかかる子ほど可愛いって本当だね。 護衛の件、頼んでもいいかな」

「分かった。 ヴォルフが緑の塔についたら、周囲を見回った後に帰還するように伝えておく」

「そこまで進む、かな?」

「あの勢いで行けば、きっとな。侯爵様に婚約の準備をすすめるように言っておくべきだな。あの方も上下水関係の古い魔道具でダリヤ先生を領地に呼ぶなど末息子の恋の後押しをしていたようだし。」

「ふふふ、ダリヤ先生と縁ができてから我々の未来は変わっていくね」

「凍っていた水面にぼんぼん魔導具を投げ入れてくれたからな」

己の言葉にそれを想像したヨナスは口元を緩め、キャビネットに歩み寄ると東酒とグラスを2つ取り出し、1つを至極満足気なグイードに差し出した。

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