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緑の塔から数ブロック離れたところで馬車を降りたヴォルフは、頭の中でぐるぐる回る考えを整理しながら石畳の道を歩いた。
ダリヤの隣に見知らぬ男が立つと想像したとき湧き上がったのは独占欲。
思わず「友だちを取られるのが嫌なのか」と自問し、自ら否定する。ただの友だちでは説明できない、祝福なんて微塵もない。
どちらかといえばダリヤの体に回す我が物顔の腕を引っぺがして、その腕をとって投げ飛ばし、ダリヤの髪に埋めていた顔を地べたに押さえつけたい衝動しかない。
喧嘩のために強くなりたかったわけじゃない。
あの日の血の光景を二度と繰り返さないよう、自分の大切なものを守るために強くなりたかった。魔法が使えればと星の数ほど考え、魔剣があればと何度も思った。
ー どんな騎士になりたい? ー
幼き日の母の質問に答えを見いだせたのもダリヤに会えたおかげだった。彼女のために強くなりたいと思ったけれど、俺の悩みに強く応えてくれるのはいつもダリヤだった。
「『友達でいよう』という約束を俺はもう守れない」
あの日グラスをぶつけたとき、俺もダリヤも孤独だった。あの日の友だち宣言の土台は大きな喜びとわずかな寂しさ。
「あの朝「これは恋じゃない」と自分に強く言い聞かせなければいけなかった時点で、俺はほぼ最初から、ずっとダリヤが好きだったんだ」
ダリヤにとったらこの想いは裏切りとなるかもしれない。
「君に恋はしない」と言い切った男に好きだと言われても信じられないかもしれない。
でも一度きりの人生はダリヤの隣で終わりたい。
「…ヴォルフ」
チリンチリンと鳴って玄関の扉を開ければ見慣れた、でも未だもう少し会うのは後にしたかった黒髪を天辺につけた長身痩躯。
しかし気まずいのは完全にこちらの事情。
ここで追い返すのは礼儀に反するとダリヤは気合を入れて笑みを浮かべ鉄の門扉に近づく。
「こんばんは、ダリヤ。 月がキレイだね」
夜の散歩のついでなのかと思いながら、『月がキレイだね』、前世の国語の授業で習った夏目漱石の逸話が頭に浮かぶ。
恐るべき、我が恋愛脳。
「そうですね。今日はいい天気だったので防水布をたくさん作ることができました。最近は他の魔導具の製作が忙しかったので。スライムの養殖場にも行きましたが好天続きでグリーンスライムの乾燥が早くすんで鳥被害も減ったそうですよ」
こうして会うことが久しぶりである理由を聞かれる前に、会えなかった理由の4割にあたる多忙を先に言う。避けてました、なんて口が裂けても言えない。
「そっか。実はこんなに会えなかったのは初めてで、もちろんギルドや王城では会えてたけど、もしかして避けられているかもと思ったよ」
整った笑みで急所が突かれ、『どうぞ』と言って鉄門を開けるつもりだった右手を思わず引っ込める。
威圧とは少し違うヴォルフの迫力にダリヤは立ち尽くして俯きかけたものの、ぐっとこらえてヴォルフの顔をしっかりと見る。
俯かないと決めた、これが今世たった一つの私の矜持だ。
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