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「良かった、俺の言いたいことは伝わったようだね」
その紅い髪より赤いダリヤ顔が俺の方を向いて、その翠の瞳が羞恥で泣きそうになって俺を睨む。なんか、水虫疑惑の時を思い出す赤い膨れっ面だ。
一世一代の大勝負だというのに思わず揶揄いたくなるなんて、俺が知らなかった、俺の悪癖。
「あれ?伝わってない? おーれ―はーダーリーヤ―がー…っぷ」
小さなダリヤの手が俺の口を塞ぐから、俺はダリヤの両手をそれぞれの手で捕まえて、軽く触れているだけだったその掌に強く唇を押し付ける。
うひっと変な声が上がったけれど、拒絶される感じはない。
顔を覗き込めば、ダリヤの紅い顔と潤む瞳に浮かぶのは羞恥と戸惑い。これなら追い込みをかけるだけ。
「嫌じゃないなら、これからは遠慮なく求愛させてもらう」
何がどうしてこうなった?
魔物討伐部隊に追い込まれる魔物はこんな心理なのか、気の毒だ、気の毒でしかない。明日からこれまで以上に素材は丁寧に扱おう。
いや、今はこの状況をどうにかすべきだ。スライムは後回し…スライム、レッドスライム……誰だ、唇に似てるなんて言った奴は。
いや、いまはそれよりこの状況をどうにかしないと。
「ダリヤは俺のこと男として見れない?」
「そんなことはないです。とても美人ですが、ヴォルフはしっかり男性です」
「生物学上の区分ではなく、俺はダリヤの恋愛対象とならない?そもそもダリヤの好みのタイプって?見た目や年齢はどうにもならないけれど、できるだけ好みの男になりたい」
ー 貴族男の本気はやっかいよ ー
ガブリエラの上品な笑い声の幻聴がする。あっという間に腕輪をつけられそうだ、と思わず自分の手首を見たら、それに気づいたらしいヴォルフが同じく私の手首を目にとめて、なぜか金色の目を細める。
「やっぱり元婚約者を忘れられない?」
「いえ! 今の今まですっかり忘れてました」
随分と薄情な言い方になるが仕方がない。否定はしっかりしとかないと大変な気がする。どう”大変”なのかは考えないことにする。
「じゃあ、腕輪の交換の約束をしたとか?」
「そんなの期待していません!」
「ダリヤ、それじゃあ腕輪を交換したい”誰か”がいるって言っているもんだよ?」
誰だ?
ダリヤに好きな人がいる?
兄上の言う通りだ。
グラスを合わせたあの日から時間が経ち、父親と元婚約者中心のダリヤの生活は変わり、ダリヤの魅力を知る男は増え、ダリヤの周囲を飛び回る。
イヴァーノが言う『黄金を生み出す女神』は誰にだって益になる伴侶だ。
何で俺は”大丈夫”なんて思ってしまったんだろう。
自惚れじゃなく俺はダリヤの一番傍にいて、お互いに予定の逢う日は会って夜遅くまで酒を飲んで、魔導武具工房は俺に家にあって、王城では基本的に俺が傍で護衛騎士を兼ねて…。
あれ?
ダリヤはいつ「好きな人」に会っているんだ?
「ヴォルフ…あの、今夜はこの辺で…少し、冷静になりたいので」
いつの間にか俺はダリヤに迫っていたらしく、俺の胸元を押し返して距離を取ろうとするダリヤに、その翠の目に確かに灯る『期待』に、俺は嬉しくなる。
初めてここで、緑の塔食堂の料理を口にしたとき以上の衝撃だ。
「分かった」
俺の言葉にホッとした表情を浮かべるダリヤだけど、勘違いしている。生憎とこの顔と目とは長い付き合い、これまでの人生で嫌というほど欲望に満ちた人の目を見てきた。
俺に向けられる一方的な期待に満ちた女性の目は怖いはずなのに、ダリヤの緑の目に『期待』が煌めく様はとてもキレイだ。
あの頑固で鈍感なダリヤを期待させるまで追い詰めたんだ、ここで逃してやる奴がいたら見てみたい。
「ここで引いたら俺は一生後悔するから、もう少しダリヤも頑張って」
「頑張るってなにをです?!」
さっき「分かった」って言っていませんでした?
ちょっと、なんでどんどん敷地内に入ってくるんですか?
ヴォルフが一歩こっちにくるから、私は急いで二歩下がらないといけないんです。
「ダリヤ」
温熱座卓や砂丘泡のクッションに向けたのと同じくらい甘い表情。顔面偏差値、初めてあの言葉の意味を知ったわ。知ったところで何にもならないけど。
「あ…」
一生懸命動かして後退していた足がもつれて、たたらを踏んでバランスを崩した瞬間にヴォルフの腕が伸びくるのが目に入る。頭にヴォルフの手が触れたと分かった瞬間、背中に塔の石が触れたのが分かり、気づけば私は前世と今世併せて初めて”壁ドン”を体験していた。
ヴォルフの黒髪が、彼がキレイだといった今宵の月を隠し、代わりに金色の双眸が煌めいた。
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