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(なーんてこともあったわね)
お酒のお供に、とメイドたちが持ってきたチョコレート。少し歪な、ごろっとしたチョコレートを抓んだときに思い出した。
あのあと泉田は「失礼します!」と、普段の彼からは想像できない狼狽ぶりで走り去った。
揶揄うつもりで『惚れ薬』なんて言ったのに、表彰に値する反射速度で逃げ出した背中に涼子は心底驚いたのだった。
「罰当たりな奴め」
分からないことはどんな手を使っても探り出すのが薬師寺涼子。
泉田に正面から問いただしても答えないと予想して、同じく部下の貝塚里美に聞いてみれば「給湯室で大量に水を飲んでましたぁ」とのこと。
「そこまで拒絶するか? 泉田のアホ」
「突然『アホ』とは失礼だな」
頭上から降ってきた泉田、敬語を取っ払った声に涼子が顔を上げると呆れた表情。
あの日、「冗談はほどほどに」と苦笑していた泉田と同じ目に、涼子は手に持っていたチョコレートを突きつける。
「はい、あ~ん♡」
「ん」
「あら、素直ね」
あの日と違ってすんなり大きく開いた口に涼子が大粒のチョコレートを押し込む様に入れると、ぱくっと閉じた口はもぐもぐ動く。
「美味いね、これ」
「気に入った?」
頷きながら口の端についていたチョコレートを指で拭い、それをぺろりと舐める姿が色っぽくて涼子の心臓が僅かに揺れた。
どうも自分は恋人の雰囲気に慣れないと涼子は負けた気分を味わって、むくむくと反抗心と悪戯心をミックスしたものが湧いて
「惚れ薬入りなの」
涼子の言葉に、あの日と同じように泉田は目を見開いたが、次の瞬間の行動はあの日と違い
「んー」
『今日は雨がふってますね』な会話と変わらない、気の無い返事をしながら泉田は近づいてきて、驚く涼子の両頬をそれぞれの手のひらで触れて固定して、
「…んっ」
唇が触れた瞬間に香るチョコレート。
いつもより強く顔を固定する強引さと、些かな性急な口づけに驚いて涼子が唇を緩めると、ぬるりと舌が入り込む。
次いでどろりと、泉田の舌を伝って入ってくるチョコレートに、そのむせ返る香りと甘みに涼子の脳はクラクラ揺れて
こくっ
触れていた手から涼子の喉が動いたのに気づいたのか、満足げに唇を離した泉田に涼子は焦って掌で唇を隠す。
「言っておくけど、俺に惚れ薬飲ませて大変な目に合うのは涼子だけだから」
ケロッとしている泉田とは対照的に、涼子は紅く潤んだ瞳でそんな泉田を睨むしかできなくて。
「これ以上俺を惚れさせてみる? ま、苦労してもいいなら俺は全然構わないけど」
そういって泉田はにっこり笑うと、涼子の両手をやや強めの力で握って唇から引きはがし、
「とりあえず、おかわりで」と再び深く口づけた。
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