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「泉田君に変な嘘を吐かないでよね!」
涼子はこの点に関しては未だ若かったらしい。
「涼子」
「だから気安く名を呼ぶな!」
「涼子、俺と君は将来を誓い合った仲…」
「あんたの妄想に付き合う気はない!! 泉田君、行くわよ!」
同期、友人、恋人、ふむ、この男はそのどれでも無く、ただ妄想に長けた男だったらしい。
考えていると、ぴたりと音がするように涼子が足を止めて
「何で言い返さなかったわけ?」
目の前には腰に手をあてて怒る女王様。
さて、どうしようか。
「あいつの言ってるのは嘘だけど、私の過去の男なんてどうでも良いの?」
「そう言うわけではないけど」
「私は泉田君の元カノの話だって嫌なのにさ」
いや、あれは涼子から聞いたよね?
根掘り葉掘り、俺にとっては過去だし言う気もなかったのに、蜘蛛の怪物と戦っている最中だったのに。
「いつもそうね、泉田君は。 いつも、こっちばっか」
うーん……ここで引いてもいいけれど
「”こっちばっか”とは?」
何か、とても可愛いことを言いそうな気がする。
「私ばっか好きってこと」
ああ……この人は本当に色恋になると駆け引きが下手だ。政治的な駆け引きはあんなに得意だというのに。
「俺も好きですよ」
ああ、堪らない。
俺は涼子の腕を引っ張ってビルの隙間に体を滑り込ませ、ニヤける顔を隠すために驚く涼子の身体を抱き寄せる。
最初驚いて強張っていた身体が直ぐに馴染み、しっとりと柔らかくなってほんの僅かに体重がかかって
「さっきのは、本当に気にする程のことじゃなかったんだ」
「どういうこと?」
俺を見上げる顔は無垢で、いつもにない素直な雰囲気が可愛くて、思わず唇に軽く涼子の唇で触れる。
これだけの触れ合いでほんのり頬を染める涼子は本当に『男』に慣れていない。
期間限定の”可愛さ”。
キスもその先も、いつもどこかで戸惑っていて、それでも俺に対しては信頼感があるのか安心してその身を任せてくれる。
なんと可愛く、愛おしい人。
「こういうこと」
さっきの軽さとは比にならない深さで熱く口付ける。
周囲の往来から目立たない場所だと解かっているけれど、二人きりってわけでもないからある程度の節度は保つけれど。
唇を離したときに漏れた甘い息に、滲んだ唇から伸びた銀糸に、思わず理性がぐらつく。
「じゅ……ん…」
軽い酸欠か、ほんの少し熱にあてられたのか。
とろんとした濡れた瞳で、濡れた赤い唇で、俺の名前を紡ぐのは愛おしい人。
ぞくりと震えが背を駆け上がり、可愛い触れ合いの限界を感じる。
もう俺に余裕はなかった。
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