Serinette (1) /のだめカンタービレ

のだめカンタービレ

のだめカンタービレの二次小説で、真一×のだめの息子・奏(オリジナルキャラクター)が主人公の恋物語です。

この物語の主人公は「セリネット」と呼ばれる、謎の多い美しい少女です。

『のだめカンタービレ』のキャラクターが登場してきますが、もはや別の話で8~9割オリジナルの物語です。

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少女はずっと『セリネット』と呼ばれていた。

 (燃えている)

消防士がかけてくれた毛布を掴む手に力を入れて、セリネットはどこか無機質な瞳で大きな邸を包み込む激しい炎を見ていた。

 (牢獄が……消える)

セリネットは夢見心地で空を見た。

押しても引いてもビクともしない、冷たい鉄格子越しにしかいることができなかった空が何にも遮られることなく視界いっぱいに広がっていた。

風向きが変わり、きな臭い空気が直ぐそばで渦巻いたとき、制服を着た女性が目の前で膝をつきセリネットと目線を合わせた。

「あなたの名前は?」

「セリネット、と呼ばれていました。」 

警官だという女性の質問にセリネットは応える。

「年齢は?」

「分かりません。誰も教えてくれなかったので」

年齢という概念は本で知っていたが、それが自分に必要とはセリネットは思っていなかった。

だから誰にも聞いたことがなかったのだが、

「あの部屋があなたの部屋?」

消防士が侵入するため無惨に壊されてしまったが、堅牢ともいえる鉄格子のハマった部屋を指して警官が訊ねる。

「はい」

「あの部屋からあなたは外に出られた?」

「庭には出られませんが、屋敷の中ならばおじい様が出ることを赦してくれました」

『許可くださった御爺様に深く感謝なさい』

『御爺様はあなたのことを思いやっているのです』

「”おじいさま”?」

「そう呼ぶようにと言われましたが、実の祖父でないことは知っています」

「……分かったわ。 ちょっと待っていてくれる?」

セリネット自身が理解できていないことをなぜ理解できるというのか、セリネットは不思議だったがそれを訊ねることなく背を向けて仲間のところにいく警官を見送る。

仲間のもとに向かった婦人警官は同僚と言葉を交わしたのち、彼らと一緒にセリネットを見た。

その同情する視線をセリネットは冷静に見返したものの、

(あの目つき…好きじゃないわ)

邸の中にいた使用人たちと同じ目で、セリネットはまた邸の中にとらわれた気持ちになった。

セリネットがふいっと視線を逸らすと、気まずくなった警官たちはそれぞれ背を向けて持ち場に戻り、婦人警官は上官らしき人と少し離れたところにある車に向かった。

視線が無くなったことにホッと息を吐いて周りをみたとき、ほんの数メートル先に細い路地がいくつもあることに気づく。

周りは己の職務に夢中で、誰もセリネットを見ていない。

(いまなら自由になれる…?)

そう考えたセリネットの視界に入る置いてきぼりの誰かのコート。

おそらく消火活動のために邪魔になったものだろうと推測し、

(ごめんなさい)

 震える手でセリネットはそのコートを掴んだ。

(盗るなんていけないことだけど、私はどうしても自由になりたい)

 「ごめんなさい、大切にするので赦してください」

失わなかった倫理観と戦いつつセリネットはコートを掴み、かけられた毛布をその場に残して、一番近い路地に体を滑り込ませた。

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「なんだってんだ、この大渋滞は」

「事故デスかねぇ」

運転席の千秋真一はさきほどからビクともしない車の長い列にげんなりとぼやき、その助手席では彼の妻・恵(通称「のだめ」)がのんびりとした口調で応じた。

「お兄ちゃん、動かないね」

「横になっていていいぞ。初めての試験で疲れただろ」

車の後部座席では今年18になる二人の息子・奏(かなで)が、12歳年下の妹・響(ひびき)の頭を優しくなでた。

指の間を抜ける母親似の茶色い妹の髪をいつくしむようにすき、兄の優しい仕草に響は目を細めた。

 「奏、響は無事に進級できそうか?」

 車の群れを見飽きた真一は、息子と娘の会話に加わることにした。

 「大丈夫だと思うよ、ちゃんと練習通り弾けていたし」

「そうか、全く響はのだめに似て試験でも爆発しそうだからな」 

真一の言葉にのだめが膨れ、そんなのだめを真一が笑いながらなだめつつ揶揄う。

そんな両親のやりとりを見慣れている奏が苦笑して窓の外を見ると、チカッと奏の視覚を光が刺激て、ふと視線を向けた先の光景に奏はギョッとして運転席の父を呼んだ。

「あれ!」

ラブラブな両親の間に迷わず入り、父親の注意を窓の先の一点に向けさせる。

息子が指さす方を見て、黒いコートを着た銀色といっても差し支えないプラチナブロンドの長い髪を風になびかせる少女に真一も気づく。

 「お前のタイプか?」

「…はあ?」

「アンジュや露とは違ったタイプだなぁ」

「そうじゃなくって! あの子、裸足なんだ」

「このクソ寒い中?」

奏は響を起こして自分の抜けた座席に寝転がせ、ドアを開けて外に出る。

父親の制止する声を無視し、ほとんど止まってはいるものの、時折不規則に動く車の間を抜けて少女に近づいた。

周囲の車の中からも多くの好奇な目が少女に向けられているが、外に出てきたのは奏だけだった。

(…天使みたいだ)

白く光る長い髪と、黒いコートから出ている顔や手足の肌は白磁のように街灯に煌めいていた。

『大丈夫?』

突然声をかけられたことになのか、予想以上に驚く少女に奏も驚かされた。

『突然ごめんね。でも、こんな寒い中に裸足でどこにいくの?』

『…裸足?』

フランス語を話す少女に言葉が通じることが分かって安堵する奏とは対照的に、少女は状況が読めていないらしく唯一分かった「裸足」という言葉を意識して足元を見る。

そしてようやく自分が裸足であることと石畳の冷たさに気が付いた。

『忘れました』

(どうやったら靴を履き忘れられるんだろう)

凍傷初期で赤くなった小さな足に眉をひそめた奏だったが、改めて少女を近くで観察してその髪や頬にすすのような黒いものが付いていることに気づいた。

妙にビクビクした態度。

落ち着かずに動き回っている視線。

(もしかして…犯罪者だったりして)

「奏くん」

奏の目に警戒感が灯る直前。

のだめの声が奏の意識を奪い、母親の怒りの滲む声音に息子としてのDNAが身構えてしまった。

のだめが怒るのも当然だった。

渋滞に巻き込まれて車が止まっていたものの、扉を開けて車道に出て行ったのだ。

幸い何事もなかったが、事故が起きてもおかしくない危険行為でしかない。

「ごめん、母さ…「上着忘れてますよ、風邪ひいてもいいんデスか?」」

「あ…うん、ありがとう」

しっかり前も留めなさいと幼子のように世話を焼く母。

意外過ぎる台詞に理解が遅れたが、理解すれば羞恥心がこみあげ、傍にいる銀髪の少女の存在を一瞬忘れていたが、

「Nodame…?」

母の愛称をその少女が呼んだことで少女の存在を思い出す。

一方で、のだめはやはりのだめ。

年の功もあるのか、見知らぬ不思議な少女に名前を呼ばれても平然としていて、

『はい、のだめデス。そんな恰好じゃあ風邪ひきますね、ほら、行きましょう』

「え?母さん」

『あ…あの…?』

戸惑うふたりにのだめはにっこり笑い

『ここは寒いし、人目もあります。家に行きましょう、真一君の呪文料理は美味しいデスよ』

のだめの決定は千秋家の決定だった。

「誘拐じゃないな?ちゃんと本人が同意しているな?」

「妻を信用していなんデスか?もちろんデスよ、ほら、きれいな子でしょう?」

 突然乗ってきた少女に驚きつつも、真一はのだめと少女の顔に視線を数回往復させた後は黙ってこの状況を受け入れた。

『車も動いたし、とっとと家に帰るか』

少女のために会話をフランス語に切り変え、暖房をフルパワーにした。

『ごめん、母さんが強引で』

後部座席で奏と響にはさまれていたたまれなさそうな少女に、申し訳なさそうに奏が謝る。

『いえ…助けてもらえて嬉しい。それに…寒かったから、…あたたかい』

このとき感じていた”あたたかさ”が『希望』なのだと。

セリネットがそう気づいたのは、もう少し経ってからだった。

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 『ミルクティです。身体が温まりマスよ』

『おい、淹れたのは俺だぞ』

真一が学生時代から使っている赤いソファに少女を座らせて、のだめは甘い香りのする湯気をたてるカップを少女に差し出した。

のだめの優しい笑顔とテンポ良い真一とのやりとりに少女の表情が緩む。

『ありがとう、ございます』

『熱いから気をつけてな』

熱いと注意するわりに、気遣ってくれたのが分かるほどよい温度のミルクティ。

甘いミルクの感触に力が抜けて、少女は未だ気を張っていたことに気づいた。

『それじゃあ、まずは名前を教えてください』

『……なぜですか?』

『名前を知っていた方が会話がしやすいからデスよ』

『”セリネット”、と呼ばれていました』

少女の言葉にのだめが言葉を詰まらせたので、のだめの肩に手を添えた真一が会話を引き継ぐ。

『姓は?』

『分かりません。おじい様が姓など必要ないと』

『”おじい様”、か。それじゃあ、セリネット。あんな格好だったのだから何処かに行こうとしたのだろうが、行くあてはあるのか?』

『ありません。ただ…必死で』

『よし、それならウチにいたらいい。これも何かの縁だしな』

『縁じゃありません、運命デス』

『お、復活したな。それじゃあセリネットに家の中を案内してやれ』

『はーい、じゃあ行きましょう』

そういって取られた手の感触にセリネットは戸惑ったものの、それは決して嫌なものではなかった。

第2話

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