雨だれ

のだめカンタービレ

のだめカンタービレの二次小説です(旧サイトにアップしていた作品を移転しました)

雨の日は憂鬱になりがちですが、そんな中でも楽しみが見出せるよう、そんな雨で遊ぶのだめを想像してみました。

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総譜から顔を上げた千秋は、気づかぬうちに長時間同じ姿勢で凝り固まってしまった体をほぐす様に伸ばして、

「ん?」

のだめの定位置と言っても良い、昔から愛用している赤いソファの端から端を見てものだめがいない。

気になることがあるからと、朝陽の中で譜面を見始めた。

今はもう陽の光は蜂蜜色ではなく、それどころか仄暗くて、

(いま、何時だ?)

近くにある時計で時刻を確認して、午前中がもうすぐ終わる時刻だと気づいて苦笑する。

「すっかり集中しちゃったな…飽きたか、腹減ったか」

『お腹空きました』といったのだめに、待つように言ったのは何となく覚えていて。

のめり込むとすぐ周囲を忘れる自分のクセ。

のだめも似たようなもので、お互いにその点を批難しないから治すつもりもないクセ。

肩をぐるぐる回しながらリビングを横切り、隣のキッチンに向かう。

ガチャガチャ…ガチャンッ

キッチンから絶え間なく響く音は、指揮者の千秋にはうるさくって仕方が無かった。

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 「おい、のだめ! 人の家の台所で何してんだ」

騒音にも気づかないほど譜面に没頭していた自分を笑いつつ、食料泥棒の現行犯逮捕する。

フランスに来ても隣人同士の千秋とのだめ。

相変わらず生活力のないのだめは、相変わらず千秋に寄生している。

「ふお、真一くん」

食器棚の前で首を傾げるのだめ、その手に持つものに千秋も首を傾げる。

「ワイングラスもって何してんだ?酒でも飲むのか?」

昼間から、と呆れた千秋の言葉にのだめは最初きょとんとしてたが、自分の手の中のワイングラスを見て納得したように頷き、

「ちょっと来てください」

「お、おい」

子供のように楽しそうな笑顔を浮かべ、のだめはワイングラス片手にトコトコと千秋の脇を抜けてリビング、そしてベランダへと通じる大きな窓に向かった。

「はあっ!?」

何をしようとしているのかさっぱり分からないのだめの後に続いた千秋は、のだめが開けたガラス戸の先の光景に素っ頓狂な声をあげた。

ベランダに並ぶのは、色とりどりの食器たち。

暇なときに蚤の市に足を運んで、千秋が選りすぐった食器たちが雨に濡れていた。

 「おまっ…食器をっ! 誰が洗うと思ってんだ!?」

「もう…先輩は遊び心が解っていませんねぇ」

まるでお母さんデス、とのだめは呆れたように千秋を見る目線に籠もる小さな同情に千秋はカチンときた。

何しろ千秋は音楽家で、日頃から芸術性を大切にして生活に一切妥協は無い。

部屋の内装も手を抜かず、掃除や洗濯も欠かさず、日ごろの生活も整っている。

料理も探求し続けて、それを盛る器との調和を楽しんでさえいる。

― 遊び心が解っていませんねぇ ー

人間としての評価はさておき、のだめは千秋が芸術家だと知っている人間で、その彼女に貶されたショックは怒りに変わった。

「お前…」

「お小言はまたあとで。 それよりも、そこに座って下さい」

芸術家とは基本的に変わり者が多い。

のだめも例に漏れず、千秋の怒りは一切気にせずマイペースを貫く。

 納得できない千秋の表情を無視して、のだめは千秋の腕を引っ張って赤いソファに座らせる。

「おいっ」

強引に追いやられる千秋の視線に映る食器たちが雨に濡れる姿は、まるで切なく泣いているようで

「それよりも、食器を片付けるぞ」

 のだめは千秋の腕をグイッと引っ張る。

ピアニストののだめは普通の女性より力があるが、千秋も普段から鍛えている。

腕を引っ張るのだめを押しのけるのは簡単なのだが、千秋はのだめに弱かった。

「ね?」

のだめが縋るような目で見れば一瞬でノックアウト。

「わ、分かったよ」

ため息をついてのだめの望み通りソファに座り、負け惜しみもあって一応念を押しておく。

「後で洗ってしまうのを手伝えよ?」

「はいデス」

ラジャーと敬礼するのだめに軽く笑って、千秋は赤いソファに背中を預けた。

そんな千秋のリラックスする姿にのだめ微笑むとピアノの椅子に腰かけて、

「先輩…雨の音を聴いてくださいね」

のだめの言葉に千秋が目を閉じると、ポツポツと聞こえてくる雨の音。

感覚が研ぎ澄まされて、想像力が広がる。

カツーン トン

食器やグラスに当たる硬質な澄んだ音たち

「雨のコンサートだな」

 理解した千秋は目をあけてのだめに笑いかける。

「のだめの特別コンサトです」

『コラボですよ』と、千秋に笑い返したのだめはムンッと袖をめくった。

 薄暗くて湿気を含んだ空間にショパンの雨だれが雨の音と絡み合うように響く。

誰もが知っている曲の、知らない音楽。

飛んだり、跳ねたり。

自然は気紛れ、のだめも気紛れ。

気紛れもの同士の愉快な連弾は、誰も聞いたことがない世界でたった一つの音楽だった。

(全く…)

口を尖がらせて楽しそうにピアノを弾くのだめの、その楽しそうな雰囲気に千秋の心も明るくなった。

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「どデスか?」

たった数分のコンサートを終え、のだめは得意げな顔で千秋を見ていた。

「褒めて、褒めて」と忙しなく尻尾を振る子犬のよう。

しかし、それに素直に応えてあげられる千秋ではなくて、

「…暇人」

 良かったなんて簡単に言ってやらない、とそっぽ向いた千秋は内心で舌を出す。

「先輩が構ってくれないからじゃないデスか」

千秋のそっけない言葉に、のだめはムッキーと奇声を上げる。

「仕事だ」

「判ってマス。でも半分以上趣味に走っていましたよね?」

一見我侭に振舞っているようなのだめだが本当の意味で千秋の邪魔をしたことは無い。

「おなかが空きました」と図々しくやってくるのはいつも千秋が煮詰まったとき。

「俺にたかるな」と文句言いつつ料理を作ってやって、「美味しいデスー、呪文料理♡」と心底嬉しそうなのだめの笑顔を見て気が紛れることは多かった。

「お疲れの真一くんを労おうと思ったのに」

そんな千秋の本心を知らず、口を尖らせてのだめは不平を零す。

「せっかく考えたのに」

ちぇーっと言いながら、のだめは窓辺に向かって食器を摘み上げる。その後ろ姿に準備に励むのだめの姿が重なって

(ずっと観察していたんだろうな)

屋根から落ちてくる水の雫

その下で雫を受け止める食器たちの見事なプレーは、のだめの何時間にもわたる観察の成果なのだろう。

 「なあ」

「何デス?」

ちょっとだけ振り返ったのだめの顔は、やはり納得がいかないのか、ヘソを曲げたような表情をしていて

ぷっ

そんなのだめに千秋は笑って、突然笑い出した千秋に戸惑うのだめの横にかがみこむ。

 「お前さぁ」

ちらりと横を見た千秋の目の前には、純粋な目できょとんと千秋を見返すのだめ。

「いつも頑張ってくれるよな」

「え?」

思い掛けなかった千秋の台詞に、のだめの目が大きく見開かれる。

「はは、鳩が豆鉄砲くらったみたいだ」

その表情が愉快で、千秋は笑いながらその額を指で弾いた。

「むきゃっ!」

バランスを崩したのだめは尻餅をつき、両手で額を隠して千秋を睨む。

「バーカ…俺のことばっか気にしてんなよ」

千秋は立ち上がるとのだめの二の腕を掴んだ。

「俺は大丈夫だから、さ」

本当、とお見通しの目に千秋は笑う。

「そりゃオケの奴と上手くいかないときはあるけど」

伝わらない表現、イメージ通りにできないときのやり切れなさ。

「でも俺たちはプロだからな」

もう一回、もう一回と何度続けても彼らはプロだ、妥協しないで付き合ってくれる。

だから自分も頑張れるのだ。

「お前のよく言う、『音楽に向き合う』ってやつ、やってるんだよ」

何度挫けても妥協しなければ、求める音楽にたどり着く道は必ずある。

「そうデスか」

千秋の言葉ににこっと笑って、ぎゅっと千秋の腕に抱きついた。

「良かったデス」

憂いの消えた千秋の瞳がのだめは嬉しかった。

嬉しいときは思いっきり笑って、辛いときは思いっきり泣いて、感情に素直なのだめ。

その素直さがのだめのピアノに一層の深みを与えているのだ。

(俺も…もっと素直になるかな)

素晴らしい音楽には惜しみない拍手を、感謝の気持ちはありがとうと飾らない言葉を。

「いつも、ありがとな」

何に対する礼か分かったのだめは笑顔で応えた。

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「のだめ、明日の夜は暇か?」

「はい、特に予定はありませんよ?」

「それじゃあさ…迎えに来るから、飯、杭に行こうぜ」

不意に沸いてきた羞恥心、照れを隠すためにまたそっぽ向いて早口で告げれば

「デト、デスか?」

「まあ…」

平たく言えばそうなのだが、はっきり『デート』だと言われると照れ臭さが増す。

そんな照れを咳払いで追い払い、千秋は窓の外を指差す。

「これのお礼」

指が指すのはすっかり雨に濡れた食器たち。

のだめは笑って絡めた腕にぎゅっと力を込める。

「先輩がデートに誘ってくれるなんて初めてデスね」

「そ…そうか?」

そんな筈はないと過去を思い出しても、たしかにいつも出かけるのはのだめに誘われたからが多かった。

「夫失格デス」

「…夫じゃねえよ」

いつもと同じ受け答えをしながらも、千秋の手はのだめの顎に添えられていた。

「夫じゃねえけど恋人だからな…努力する」

「///」

近づいてきた千秋の顔を認めて、のだめはギュッと目を瞑って身構えたが

ぐううううううううう

「「………」」

身体に力が入ったからだろうか、見事にのだめの腹の虫が騒ぐ。

それはお互いの唇まではあと3センチといったとき。

「お前…」

「……スミマセン」

呆れたような千秋の目と、身の置き所がないほど困惑したのだめの目、このふたつが至近距離で見つめあう。

「色気がない奴」

そういいながら千秋は笑い

「飯に、するか」

「ハイ…のだめ、お腹空きました」

のだめの言葉に千秋はくっと笑うと、ぺちぺちとのだめの頬を軽くたたいて立ち上がって

「ほーんと、気紛れだな」

「え?」

「雨も、お前も…さ」

千秋の言葉にのだめが顔を上げ、窓の外を見る千秋の視線を追うと

「あ…」

「な?」

雨はすっかりやみ、雲の切れ間から青空さえ見えていた。

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