のだめカンタービレの二次小説で、真一×のだめの息子・奏(オリジナルキャラクター)が主人公の恋物語です。
この物語の主人公は「セリネット」と呼ばれる、謎の多い美しい少女で、千秋一家に保護されます。
<< 第1話
『のだめカンタービレ』のキャラクターが登場してきますが、もはや別の話で8~9割オリジナルの物語です。
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目を開けるとセリネットは灰色の部屋にいた。
(どうして?)
窓には無機質な鉄格子。
(この鉄格子は壊されたはず、私は外に出られたのはずよ)
何事もなかったかのように傷ひとつなく黒光りする鉄の格子に手を伸ばすと、熱を保持しない金属の冷たさが指先の神経を刺激した。
(あっちが夢なの?)
他に何かとセリネットが視線を巡らすと、美しい女性と目があった
生きている女性ではない。
壁の一角を占めるほど大きな絵に描かれた女性。
絵の中の女性と同じデザインの服を身に着ける自分。
とりあえずと借りた、男の子の服ではない。
ソファーの前に置かれたテーブルの上には高級なティーセット。
『熱いから気をつけろ』と言われながら差し出されたマグカップではない。
(あれは夢?)
セリネットは壁の絵を見上げる。
彼女はセリネットより少し白が強い、まさしく銀色の長い髪をしている。
正装に合わせてまとめられた髪にかこまれた一見すると冷たい美貌。
緩やかにカーブを描く赤い唇が、その冷たさを溶かしていた。
この冷たい部屋の中で彼女だけが、セリネットの好きなものだった。
(ピアノの音が聞こえる)
絵の前で膝を抱えていたセリネットの耳にピアノの音が届く。
セリネットには曲名は分からなかった。
ピアノの音に混じって男の人の声が聴こえたセリネットは肩を揺らす。
― セリネット ―
名前を呼ばれたセリネットは聞きたくなくて耳を塞ぐ。
それでも声はセリネットの脳に直接響く。
― 歌いなさい…セリネット、歌いなさい ―
暗闇を音にしたような陰気な声。
― あの美しい鳥のように、私のために、私のためだけに ―
窓から差し込む光の角度が変わり、絵の中の女性に鉄格子の影がうつる。
それはまるで彼女が檻にとらわれた様で。
(いや)
― 逆らってはいけないよ、私のカナリア…私のために美しく鳴けないならば ―
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「いやああああああ!」
突然響いた窓ガラスをも揺らす悲鳴に奏は驚き鍵盤から顔を上げ、思わず椅子を大きく鳴らして立ち上がり廊下に出るのと、
『父さん!』
真一とのだめが廊下に出てくるのは同じタイミングだった。
『母さん、セリネットが…』
『分かっています。でも、奏くんは真一くんとここにいてくださいね』
『でも…』
『奏くん』
のだめの静かな声に奏は静止する。
普段は底抜けに明るくて、真一に怒られることはあってものだめ自身が怒ることは滅多にない。
だからこそその静かな声は威力があった。
『レディーの寝室に奏くんが無断で入ってはいけませんよ』
『分かったよ』
茶化して気負いなく引かせる母に奏は頭が上がらない思いで引き下がり、そんな奏の肩にぽんっと手を置いた真一は踵を返してキッチンの戻ろうとした。
『父さん?』
『俺は温かいココアを作ってるよ…嫌な夢をみたんだろ』
夫の優しい気遣いに微笑むと、のだめは静かに階段を昇って行った。
何もすることがない奏だけがその場に残った。
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「セリちゃん、入りますよ」
扉をノックしたのだめは深呼吸してから扉を開ける。
返事は期待できないと分かっていた。
「…っ」
扉を開けると同時にベッドの上で身を震わせていたセリネットが声にもならない悲鳴を漏らした。
それに気づかない振りをして、のだめは黙って、その青い瞳が状況を理解するのを待った。
「Nodame…」
「怖い夢デスか?疲れていると見やすいデス」
呆然としていたセリネットの瞳から静かに涙が零れる。
ポタポタと生成りのシーツに雫が落ちていたが、それに気づいていないのだろう。
セリネットは泪を拭うことなく静かに泣いていた。
「もう大丈夫…大丈夫デスよ」
のだめはセリネットのベッド脇に膝をつくと、そっとエプロンの裾で涙を拭った。
優しい手付きで頬に触れられ、布からただよう花のような香りをセリネットは肺いっぱい吸い込む。
(ここはノダメの家)
どこか懐かしい雰囲気の漂う優しい香りの家。
着替えたところまで覚えていたものの、いつ寝たのか記憶にないセリネットは戸惑った。
「あの…夕べは?」
「疲れて寝ちゃったセリちゃんを真一くんが運んだんデス。よく眠れましたか?」
寝落ちしたことを指摘されて思わず照れるセリネットの、年相応の仕草にのだめは微笑み、その長い髪を優しくなでた。
「気を張っていたんでしょう…起きられますか?」
「はい」
「良かったデス。それじゃあ下に行きましょうか。真一くんのココアがそろそろ出来上がるころデス」
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「むーん」
朝食の準備をしながらのだめは朝の新聞を読んで唸っていた。
「何だ? 便秘か?」
「ムキャー、失礼な夫デス! 違います、これ読んで下さい」
のだめは無神経な真一の言葉に怒って新聞を投げつけて、ばらばらと床に散らばる新聞に真一はため息を吐いた。
(『これ』って『どれ』だよ)
几帳面に新聞をまとめながら真一が記事を一読していくと、見覚えのある初老の男の顔写真を見て千秋は手を止めた。
それはフランスでも指折りの実業家で貴族の称号をもつ男だった。
「昨日の騒ぎはこの男の邸の火事だったのか」
新聞の記事に書かれた住所を見ながら真一は納得していた。
同時にあることを思い出す。
「こいつ…確かお前に求婚したヤツだよな?」
「そうデス。全くのだめは人妻なのに」
そうプンプン怒る姿はとても二児の母には見えない。
兄の方なんてあと数年で成人であるのに。
それはかなり昔、真一の師のひとりであるシュトレーゼマンが亡くなって直ぐの頃だった。
切羽詰まった表情のエリーゼに呼び出され、のだめに妙なファンがついて胸騒ぎがすると相談を受けた。
エリーゼの勘を舐めると痛い目にあうと思い、真一は知人を頼ってのだめにボディーガードをつけて一応はおさまったが
(あの男が…死んだ?)
― 初めまして、Madam Nodame -
最初に顔を合わせたときのことをのだめは未だはっきりと覚えていた。
自身は故・シュトレーゼマンの秘蔵子であり、夫はマエストロと呼ばれる指揮者。
そんなのだめに賞賛の視線や軽い秋波はあったものの、品定めするような視線は初めてだった。
― ぜひ我が家のパーティに貴女をお招きしたいのですが -
個人宅でプライベートな演奏をすることは醜聞になると断れば、『ここはパリだ』と結婚の誓いなどさほど重要ではないと堂々とのたまった男。
― 私は貞節の誓いを神聖なものと思い一生守りますから ―
― その誓いは相応しい男に捧げるべきだ。君の才能を守れるのは私だけだ、多少の生意気は赦すが… ―
のだめの啖呵に男の目の色が変わり、捕まれた腕にのだめはとっさに悲鳴を上げた。
「いま思い出しても気持ち悪いデス」
あのとき助けがなかったら…そう想像するだけで身の毛がよだつ思いだった。
そんなのだめの肩を真一が優しく抱きしめる。
「お前は俺じゃなきゃダメだもんな」
「そうデスよ~…あへぇ、真一くんの体温が気持ちいいデス」
奇声を上げながらもたれかかるのだめにホッとして、真一は再び新聞に集中する。
「不審火…放火の恐れあり、か。この住所、セリネットを拾った近くだな」
そう言って天井を見上げる真一の腕をのだめが叩いた 。
「あの子は違いますよ…あの子はきっと被害者デス」
「だろうな」
震える心臓が目に浮かぶほど周囲を恐れる少女。
小さな音にさえ怯え、聞く者の胸を引き裂くような悲鳴を上げるほどの体験をしたと容易に想像がつく。
「気になるのは彼女の素性デス」
「素性ねぇ」
のらくらと返事をする真一をのだめはじっと見た。
「真一くんも…気づいていますよね?」
「まあなぁ…似ているからな……彼女の娘」
目が沢山詰まったCDの棚に移ったものの、自分の言葉に真一は首を横に振った 。
「小説や映画の見すぎだ。彼女たちと一緒に”あの娘”も同じ事故で亡くなっている」
「そうデスけど…他人の空似にはしにくいデス……よね?」
伺うようなのだめの眼に千秋は渋々頷いた。
「銀糸の髪と蒼い瞳、彼女のトレードマークをもった少女。年もおおよそ合う」
「調べられません…か?」
「どうやって?かなり昔のことだぞ?」
問う夫の顔を見ながらのだめはしばし考えた。
10秒後
ポンッとのだめは勢い良く真一の肩を叩き
「夫にお任せデス☆」
のだめの結論に真一は呆れたが、キッチンに子供たちが来たのでいったんこの話題は終わりになった。
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(どうしたら、いいんだろう)
身なりを整えて、のだめのように下に来てみると、ガラス越しに和気あいあいと団欒している家族の姿が見えた。
初めての経験にセリネットが扉の前で戸惑っていると、後ろから伸びてきた腕がガラスの扉を開けてしまった。
「入れば?」
「あ、おはよう…ござい、ます?」
「うん?あ、うん…おはよう?…入れば?あそこ、君の席のはずだし」
「そうだよ! ね、早く早く、お腹すいちゃったぁ」
母の傍をぴょんっと離れた響がセリネットの腕をひき、戸惑うセリネットを強引に椅子に座らせる。
「いただきます」
セリネットにとって初めての言葉に戸惑っていると、それに気づいた奏が合わせた自分の両手を見て納得をする。
「これからご飯を食べさせてもらいますって日本の言葉なんだよ」
「いつも言うんですか?」
「うちではね」
普通の風習も解らないのだから日本の風習などさっぱりで
「い、いた…」
戸惑うセリネットに奏は根気強く言葉を教える。
「い、いただ、き、ます」
セリネットのたどたどしい挨拶に皆の笑顔が深くなり
「はい、召し上がれ」
のだめの合図とともに皆の食器が動き始めた。
(いただきます…変な響きだけどステキな言葉)
セリネットはもう一度心の中で復唱すると、進められるまま食事を口にした。
その料理はいままでの人生で一番美味しく感じた。
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