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『もしもし、マヤです』
真澄のスマホが鳴ったのは結局シンデレラタイムまであと30分というところだった。
3時間以上の激務の疲れが一層される瞬間に、真澄は水城が淹れてくれたブルマンの香りを楽しみながらマヤの声に耳をすませる。
「撮影の方は順調か?」
「役柄が」「背景が」と演劇に人生をささげているマヤの言葉を聞きながら煙草を楽しむ。マヤを影から日向から応援していた身としては彼女の熱情に触れ合える時間は至福。
ブルマン、煙草、そしてマヤ。
真澄の人生の三種の神器といってもよかった。
『速水さんはもうお仕事終わり?』
「水城君に言わせると今は”休憩時間”だそうだ」
管理職は残業代がかからないから経費の無駄もないし、高い給料をもらっているのだからその分働け。もっと丁寧な言葉で言ってはいたが、割愛すると水城の行っていたことはこんなところだ。
悪魔の申し子に違いない女史である。
「俺のことよりもマヤ、現場はどうだ?意地悪されたりしていないか?」
『意地悪って…速水さんってば私のこと何歳だと思っているの?』
膨れる年下の恋人の顔を思い浮かべて、真澄は社長の自分より偉そうな秘書の高笑いを忘れることにした。
『大丈夫ですよ、みなさんとても親切ですから。心配してくれてありがとうございます』
安心できる報告と可愛らしい礼に真澄の心は簡単に溶ける。
なにしろ出逢った頃はマヤに相当毛嫌いされていた真澄。会えばいつもマヤを怒らせたり傷つけたり、耳に届くのはマヤの怒った声か涙声だけ。だから真澄は確かめずにはいられなかった。
「いま、楽しいか?」
『楽しいですよ』
現場の楽しさが伝わるマヤの声が聴けるのはとても嬉しいことだった。
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