手の中の花

ガラスの仮面

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「俺は”社長”としてその部屋を用意したわけじゃない。恋人に少しでも幸せを味わってほしいからだ。職権乱用?どんとこいだ。マネージャーにもそう言ってある」

マネージャーから報告は上がってきている。仕事は順調だが1つ懸念事項がある、と。

それは相手役の野崎がマヤに相手役以上の想いを寄せているようだということで、その推測はマヤの声音で間違いないのだと真澄は確信した。

(無自覚の相手役キラーは健在、か…無意識だから堪ったもんじゃないんだよな)

本人はただ一生懸命演じているだけだから性質が悪い。

水城に言わせると演技と現実をごちゃまぜにする男が悪いとなるが、同じ男としては勘違いしちゃってもしょうがないと慰めたくさえなる。

「ただマヤを護りたいんだ」

高級ホテルはサービスも上級だがセキュリティーが万全だ。

目に入れても全く問題ない可愛い恋人が目の届かないところに行くのだ、護りは万全にしておきたいのが男心である。

「マヤは演技のことだけ考えていればいいよ」

マヤにとって演技が大事だから、真澄はどちらも護ろうと思っている。好きだと思いを告げてマヤの手をとるとき、そう自分に誓っていた。

マヤを護るためなら『大都芸能社長』の肩書を存分に利用する。

仕事だって結局はそこにつながるから、地盤を固めればそれだけ強固にマヤを護れるから、その思いで激務に耐えている。

真澄の目に移る山のような書類はマヤを護るための手段にすぎなかった。

「明日はオフだったよな?」

真澄の問いにマヤはYESと答えるが、その声音は憂鬱さ混じり。

演技しきれていない音が長年のファンには聞き取れる。撮影の合間を狙ってマヤを誘う不届きものを想像するだけで真澄のこめかみがひきつった。

「それなら今夜は夜更かししてみたらどうだ?これから始まる深夜映画、マヤが好きそうなんだよ。見てみると良い」

既にテレビをセットし終えたのか。うん、と同意する返事が聴こえたもののその声はすでに上の空だった。「それじゃあ」と演技の世界に飛び立った恋人の返事を期待せずに電話を切った真澄はパソコンの電源を切ると席を立った。

「あら、真澄様?……分かりました。あちらは寒いでしょうからコート等はお忘れないようにご注意ください」

良くも悪くも真澄を動かせるのはマヤだけで、だから真澄の目を見ただけで水城は全てを理解した。

水城だってマヤと真澄の2人が大事なのである。仕事だって、そろそろマヤ不足が起きそうだと思っていたから先倒しさせて実は終わっている。

「明日の15時がリミットですわ」

委細承知した、と真澄は嬉しそうに笑うとエレベーターに向かう。ビルの中に残っている人が少ない上に役員専用エレベーター。ボタンを押せばすぐさま扉が開き、地下一階の駐車場までノンストップ。

「飴を差し上げたのですから、明日戻ったら当分鞭ですわよ」

ご覚悟なさいませ、とすごみのある笑みを浮かべた水城は真澄の予定表を『マヤ優先』のMファイルの内容に差し替えはじめた。

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