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side 獠
「今日は見てないよ」
申し訳なさそうに答える懇意の情報屋にヘラリと笑い、礼を言って立ち去る。
これで5人目、そろそろ情報屋の間に香が行方不明の噂が巡るだろう。
「獠ちゃんとケンカしたらしい」という一文を添えられて。
「またケンカしたのかい?」
情報屋の誰もが呆れた顔をしていたが、どこか真剣な目をしていた。
香を好きな奴らだから、自分の耳に香の居所が届かないことを心から心配していた。
「たかだか『アレ』くらいで」
自分の仕事を良く知っている香は勝手に自分のテリトリーから出ない。
香はこの街に守られていることを良く知っているし、香自身もこの街を愛している。
「…ったく」
何度目か同じ音を呟けば、メンドウだと馴染み深い白けた気持ちが心に浮かびかけるが、香の顔がパッと簡単に散らす。
これはどんなに美しく魅力的な数々の女性にもできなかった芸当だった。
この馴染みのない心を獠自身も持て余していた。
「泣いて……いるよな」
ガシガシと頭を強く掻いて苛立ちと心の痛みを散らそうとするも、『アレ』が決して忘れさせてくれない。
あのとき不意に感じた香の気配。
あの瞬間、香は絶え間なく行きかう車たちの向こうにいた。
距離にすればほんの数メートル先、そこに瞬きもせず自分をみる大きな目があった。
それはその瞳に映る絡み合う男女の姿も見えそうな距離にあった。
「また…泣かしちまった」
槇ちゃんに怒られるとぼやいて忘れようとしても、あの一瞬はその細部も心に刻まれてしまった。
温かくて柔らかい体を抱きとめた瞬間に首に回った細い腕。
ふわりと漂う女独特の甘い香り。
唇が触れ合って外国産の口紅の味が味来に伝わる。
女は好き、その存在を愛しているといっても過言ではない。
でも香ほどじゃない。
「独り言だと素直なんだけどなぁ」
自然と浮かんだ本音に獠は我ながら戸惑い、照れを隠す様に笑いを漏らす。
笑う門には福が来る。
ほら、情報がやってくる。
「僚ちゃん、さっき香ちゃんを見たよ」
誰でも受け入れる懐の広い街は香そのもの。
誰であれ正面からバカ正直に受け入れる香だから、誰もが香を愛してる。
そんな香を愛する街には香の情報があふれているから。
行先を照らす情報たちに獠の口角が上がった
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