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side 香
「今日はお1人なんですね」
2杯目のジン・トニックに添えられた言葉に、香はやっぱりと諦めたように肩の力を抜く。
向こうも緊張していたのだろう、マスターの体がわずかに緩んだのが香にも分かった。
やっとあの一拍の間の理由が分かった。
「知っていたんですね。けっこう遠くまで来れたと思ったのに、ここも未だ新宿だったか」
「新宿が貴女を離さないのでしょう」
優しく諭すようなマスターに、香は兄に似ている感じた。
香の唯一の家族であった兄を亡くして香は天涯孤独になったとき、『香ちゃん』と呼んでくれる新宿が家族になった。
そしていまこの瞬間、独りに慣れない家族の鬱陶しさを痛感した。
「今ごろ新宿中が貴女を探して大騒ぎでしょうね」
「そう、かな?」
「…貴女はご自分の魅力を知らないようですね」
裏の世界No.1を目指す者たちにとって自分は魅力的だろう。
いまNo.1のアイツのパートナーは表の人間にちょっと毛が生えた程度のもの。
銃さえ満足に扱えない。
こんな自分をフォローしつつも未だNo.1であるアイツはすごいと思う。
それにアイツは男としても魅力的だ。
整った精悍な顔立ちに鍛え抜かれた体躯、それが纏うのはミステリアスで鋭利なナイフのような危うさの雰囲気。
アイツに惹かれる女性はあとを絶たない。
香より腕が立って、アイツに恋してやまない女性たちを香は何人も知っていた。
自分とは大違いだと香は自嘲する。
化粧は不慣れ、スーツは似合っていないし、慣れない靴をはいた足も痛い。完璧になろうとしてもいつも不完全。
「男に生まれればよかった」
不完全ならば男に生まれれば良かった。
男だったなら結構いい線いけたんではと思うときもある。
それに何より、男だったら兄貴のように冷静にアイツの傍にいられる。
ドロドロしたこんな思いなんて抱くことなくアイツの傍に、ずっと。
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