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(クンツァイトの故郷ってこんな所かしら)
黙って先を歩くクンツァイトに続きながら、美奈子はその後ろ姿をじっと観察した。一度死んで生まれ変わった美奈子たちと違い、長い眠りについていたクンツァイトたちは昔と変わらないはずなのに、どこか柔らかい雰囲気で美奈子の目に映る。
冷たい旋風に舞う銀色の長い髪は、雪に染まるこの街に似合っていて、男に適した表現か解らないが美奈子はキレイだと思った。
後から思えばこの絵画のような美しさに見惚れていたのだろう、美奈子は目の前に迫るクンツァイトの背中にぶつかりそうになる。
離れていた二人の距離が極めてゼロに近くなったのは、足を止めたクンツァイトに気づかず美奈子が歩き続けたからで、ぎょっとした美奈子は慌てて仰け反り姿勢を崩す。
重心を乱した足元がぐらりと揺れて、異国情緒あふれる雪国の風景が傾く。転ぶと思った瞬間、風景の中心にいたクンツァイトが驚きで目を見開き、
(ああ…この男も慌てることってあるのね)
レアなモノを見ちゃったと状況を他人事のように分析しながら、体を襲うであろう衝撃に美奈子が備えると、
「キャッ」
予想外にも痛みを感じたのは二の腕で、気づけば美奈子はクンツァイトの腕の中にいた。嘘みたいな状態、これが嘘じゃないと思ったのは鼻をくすぐった洗剤の香り。生活感のある匂いは現実感たっぷりなのに、身を包む温もりは夢のように心地よかった。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
頭上から降ってくるクンツァイトの声に、美奈子は永遠のような一瞬の終わりを宣告される。
一方で、脱げ掛けたヒールをはき直すため美奈子が体を離すと腕の中の温もりが消え、このことにクンツァイトは残念に思いつつも心のどこかで安堵していた。
クンツァイトの知るヴィーナスは美奈子の前世であり、ヴィーナスと美奈子は生まれ育った環境が異なり姿形も性格も全く同じではない。
ただ、金色の長い髪が流れる小さな背中は、前世もいまもその魂に刻まれた使命という重責を背負っている。
孤立無援の状況でも敵に向ける瞳は揺るがず、誰の助けも期待せず強く自分を律して独り立つ。月の姫を護る者としての矜持は変わらない。
(誰にも頼らず立つこの女を愛しながら、この女が頼るただ一人になりたい…ふんっ、大した矛盾だ)
「さあ、言葉解らないんだから案内を続けてよ」
美奈子の声にハッと我に返ると、靴を履きなおした美奈子が腰に手を当てて偉そうに『助けろ』と言っていた。
(”あんたには頼らない”って全身で俺を拒絶しながら頼み事か…相変わらず面白い女だ)
クンツァイトは内心で笑い、視界の隅に映った看板に一瞬考え、そちらに向かう。素直についてくる美奈子に緩みそうになる口元を引き締める。
前を行く男、後ろを歩く女、その距離は約三歩分。奥ゆかしい大和撫子にクンツァイトの笑みが深くなった。
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