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全身が心臓なのではと疑うほど音は大きいのに、不思議と蓮が寝室の扉を開けた音はキョーコの耳にすっと届いた。
鼻をくすぐる蓮の匂いが一層強くなりキョーコの緊張が高まるものの、袋小路に追い込まれたような万事休す感はない。
蓮は「逃がさない」といったが、キョーコが本気で嫌がれば仕方ないと優しく笑って逃がしてくれるのも分かっていた。
「怖かったら、言って?」
「私がその……未だ、だって分かっていたんですよね」
「もちろん、そうじゃなかったら許さない…って、言いたいけど正直ホッとしてる。だって俺には君がそうするのを止める権利はなかったからね」
想いを伝えたとき、蓮は「彼氏になる権利」は要求しなかった。
それよりも目標を達すること、まず自分が「本来の姿」にならなければスタートラインにも立てなかったから。
子どものオママゴト以下の約束。
仮にそれをキョーコが反故にしても、蓮はキョーコを恨むつもりはなかった。
(今では全く、そんな自信は皆無だけど)
自分のベッドに横たわる獲物、もといキョーコのガチガチの姿に、それに心底安堵している自分を蓮は嗤う。
この世界にいる人の多くは男女のあれこれに関する経験値が高めで、キョーコの無垢さは神々しいほどに輝くほど貴重なものだった。
さらにキョーコの、驕らず、媚びず、諂わない、誰にでも公平な態度は彼女の友人・知人の層を分厚くし、彼らはキョーコの純真さに触れる心地よさを維持するためにキョーコの周りに鉄壁のガードを築いていた。
いまやキョーコは『高嶺の花』どころか『難攻不落の砦の最奥にいる姫君』とまで言われていた。
「キョーコの最初で、最後の男になれる。俺はいま世界で一番有頂天にいるよ」
そういうと蓮はキョーコの髪に結ばれていたリボンをひらりと解いた。
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