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「僚?」
店内に入ってきた大きな影の正体に香は驚いたものの、ここにいる理由を訊ねることは無かった。
新宿はシティーハンター、つまり獠の縄張り。
この街のことで獠が知らないことは無いといっても過言ではない。
「何、寄り道してんだ?」
「お清めよ?」
いつも好んで飲む酒よりも強いものを飲む香に、先ほど美樹と交わした会話が重なって香が荒れている理由を悟る。
「女ってのは怖いねぇ」
「本当ね」
スコッチの水割りをカウンターの奥にいるバーテンに注文して香の隣に座る。
滅多にしない化粧の香りに誘われて隣を見れば、フォーマルではあるものの女性らしい華やかさが一切ないパンツスーツ。
エリ・キタハラの店舗で吊るされていても誰も手に取らないような地味なスーツだが、香が着ると大きく化ける。
そのスーツは香の均整のとれた見事なスタイルを浮き立たせ、香の美しい顔を際立たせていた。
絵梨子の言う通り「香のためのスーツ」なのだと理解させられる。
「…後悔しているのか?」
獠だって女性と縁はあるので、同窓会で香が周囲からどんなことを聞かれたのか想像できる。
恋人に結婚。
前者は漸く叶えたものの、後者については香が獠といる限り無理なもので。
「まさか」
「じゃあ、何でこんなとこで飲んでんだよ?」
「私って昔は男みたいで、どこそこの大学に彼がいるなんて自慢する子をバカみたいって思ってたとこあるんだよね」
「昔は、って十分男…っ痛」
ミニハンマーが飛んできて頭にあたり、獠は痛みを訴える。
「でも、私も獠のこと自慢したくなっちゃった……あーあ、バカみたい」
「してくりゃいいんじゃないの? 恋人自慢ってやつ」
「まあ、あんたの良いところなんて言えないけどね」
「俺の良いところなんて山ほどにあるだろうが」
「良いところ以上に欠点があるから相殺されるのよ」
「あ、そう」
「まあ、その欠点も好きなんだけどね」
「…あ、そう///」
だから困る、とグラスを切なげに見る香。グラスについた赤いルージュを指でぬぐう。その隣で(これは何の羞恥プレイだ?)と僚は香が絶え間なく落とす甘い言葉の爆弾にくらくらしていた。
「僚のことを恋人だって…彼女たちに堂々と宣言したかった」
香の言う『彼女たち』が高校時代の元クラスメイトから変わった気がしたが、それを聞くのも野暮な気がして、カチッとライターを鳴らして煙草に火を点けるだけにした。
「香チャンも女だねぇ」
「だからそう言ってるじゃない」
聞いてなかったの?、と膨れる顔はいつもの香で、ようやく訪れたいつもの雰囲気にホッとした僚は未だ長いままの煙草をもみ消して
「帰るぞ」
香からグラスを奪って残っていた酒を一気に飲み干す。ジュースのようなカクテルが僚の喉を甘く染めていく。
「こんな風に甘い女……俺だって惚れるわ」
僚の言葉に香の目が見開かれ、”嬉しい”と動きかけた唇は僚の唇で動きをとめられた。
END
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