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side 僚
「男に生まれればよかった」
カウベルの音の残響に混じって耳に届いた香の言葉に驚いたものの、それを呟いた香の姿を見た瞬間にそんな軽い驚きは完全に吹っ飛んだ。
素直な心臓はトクンッと高鳴る。
そこにいたのは呼吸を忘れるほど魅力的な女。
姿形は香だけど、未だ誰も知らない女の一部が漏れ出た未知の香だった。
普段化粧気の無い顔は華やかに彩られ、香のために造られたに違いない服がその見事なカーブを描く肢体を包む。
全てが最上級の、それはもうすこぶる付きのイイ女。
でも、香はそれを知らない。
店中の男共が向けている視線も。
その視線に混じっている欲望にも香は全然気づいちゃいない。
気づかない香の鈍感さに獠は苛つく。
「似合わないから」「仕事の邪魔だから」と、ことごとく理由をつけて花開くのを阻止してきた。
自分が触れられないなら誰にも触れさせないと思っていたから。
これはその我侭のツケ、こういう女にしてきたのは自分自身。
それでも、お門違いだとは分かっていてもその無防備さを改めてみると危機感のなさに苛つく。
「獠?」
自分が花だと、それも極上の花だと気付かなくても、花は咲く。
誰も知らなくていいと思って必死に隠してきても、花は馨しく咲き誇り、大量の虫を誘って色めき立たせる。
どうして此処にいるのが分かったのかと問う香の視線を無視して香の隣に座る。
ほんの少しだけ香寄り座る、そんな獠の耳に小さなため息があちこちから聞こえてくる。
「俺もコイツと同じやつをもらおう」
自分の問いを無視することに決めたと気付いた香は膨れたが、その瞳が嬉しそうなことを獠は知っていた。
その瞳に、「仕方ないな」といって獠をその身に受け入れる閨の中と同じ艶っぽさが混じっていることも。
― 男に生まれればよかった ―
香自身がその言葉を裏切っている。
潤む瞳、紅潮する頬、香の全身が女そのものだった。
でも香はそれを知らない。
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